アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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ブログ引越しです

大学の真相 海外で考える、の場所を移しました。このリンクから行けます

エキサイトも好きですが私は海外にいて、最近映像も簡単に撮れる
デジカメを手に入れたので映像を無料で流せる
ブログに移って自分の記録にもしよう、との考えからの引越しです。

今までお世話になったエキサイトさんにも感謝します。
とても簡単に始められたいいツールでした。

新しいツールを使うのにはまた時間とエネルギーが
かかり使いこなすのにどれだけ掛かるかわかりませんが
どうぞこれからもよろしくです。
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# by flowfree | 2006-03-28 17:23 | なんでも枠
アメリカの”グランジ”ブームを知っていた人達にとっては
Nirvanaというバンドを”神様”のように取る人がいる。
特にこのバンドの
メインだったボーカルのカート・コベインがメディアやMTV
の注目を集めバンドも商業的な成功を納めティーンのファッション雑誌を
夫婦と子供で表紙を飾るまでになっていたほどの人気だった時に拳銃で自殺した
ことで余計にセンセーショナルでショッキングな社会的影響を与えた
人間でもあったからだろう。

驚いたのはコベインが自殺した、というニュースが
急に流れた時、私のバンド/音楽仲間だった数人の所に
いつものように遊びに行くとNirvanaのヒット曲を
ギターで引いて”ギャハハー”と笑いばかにしていたことだった。
そんな、死んだばかりの人を・・・と思って
結構ショックで”なんでそんなこと言ってんの!”
と言うと
”え、だって自殺とかしてばかみたいじゃん”
という返事。

それなりにバンドで生きて行こうとしていた
彼らにとってはなんか独りよがりに
売れたら売れたでヤケクソになって売れるバンドの
批判をしたり、自虐的になったり、でもファッション雑誌に
載ったりするコベインが滑稽にみえて
さらに若くして子供が生まれてすぐに拳銃自殺という
ドラマのような終わり方に
”作られた、勘違い悲劇のヒーロー”
の像を見ていたようだった。

彼らは今でもレコード屋を営んでたりバンド活動で
ツアーをしたりしていて地道にやってるのを
思うとなんか気持ちもわからないでもない。

これを思い出したのはこの13歳になった
残されたコベインの子供、フランシスの写真を見たから。
全ての写真の表情がコベインにそっくりなんだなあー。。。
これらの写真を見てコベインってこんな顔だったなあ、と思い出した次第。
奥さんのコートニーが横にいても奥さんを思い起こすような表情を見受けられない。

もう13年経ったのねえ・・・と音楽ライフについて色々とまた考える
機会を与えてもらった。
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# by flowfree | 2006-03-25 18:09 | music
b0058997_18525092.jpg今夜教えていた一つのクラスの生徒たちが
和風居酒屋で期末試験の後に
飲み食いに行こう、と言い出した。
ああ、いくつかあるよ、って場所の候補を出していて
NYの雰囲気のところがナイスだ、とか
アソコは安い、とか言っていて
じゃどこに一番行く?って聞かれたのだけど
”いやあ、居酒屋は結局高くつくから私滅多に行かなくてねえ。”
というと生徒が”じゃあおごるとかは。。。”
っていうので”それは残念ながらできないんだよねえー”
というと生徒がみんなで
”違う違う、私達がセンセイにおごってあげる、って言ってんの”
なんてことを・・・
えーん、えーん (´;ω;`)。嬉しいことを言ってくれる。

生徒が質問をしても変わり者上司のお陰で質問に答えられないときがあり、生徒自身も結構大変な思いをしているし、私もそう感じているとわかってくれてるようで(例えば試験の内容を生徒に聞かれても上司のポリシーにより試験を出す私が当日の昼の12時まで全く試験の内容を知る事が出来ないなどーでもイジメじゃないのよ、もう一人の同僚も同じく困っている)。
そしたら生徒が
”上司のうっぷんを居酒屋で晴らせばいいでしょ”
などと笑っていっていた。

”あ、じゃあ一人1ドルづつね”
なんて冗談も言っておいたが(笑)実際に苦学生達に
(まあ大金持ちもいると思うけども)
奢らせるわけにはいかんので気持ちが嬉しかったなあ。

こういう時に嫌な事でもやってることを信じて続けていた
成果というかご褒美を感じられるのね。

やっぱり生徒のためのteaching (教育というお仕事)だということが
ヒシヒシと感じられたときでした
(ってタダメシをもらえそうになっただけで
ここまで評価して感じてしまっていいのか。。。?という疑問はご愛嬌^^)

あ、あと、まさか成績アップの作戦では・・・とそこまでは疑わないことにしますー^^

*大学には教育というお仕事は自分が有名な研究者になること、
有名で権威的で金持ちな学者になるためのステップ、と思っている人が多数います。
私の恩師の教えはこれを覆すもので生徒のための教育、という残念ながら
現在のアカデミアでは珍しい教えなのです。そのためこういう考えの
教師へのサポート率は低いし育ちにくし学界に残りにくいという構造になっています。
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# by flowfree | 2006-03-24 16:44 | 教育
映画の告知。もちろん私は行けませんが。
オリエンタリズム、という本を書いた超有名なクリティックです。
文学から社会科学まで多大なる影響を与えた人。
そして当人もアラブ系でアメリカに在住していたのでアメリカにとても
クリティカルだった。数年前に亡くなってしまったーとっても惜しい人物です。

これは値段高いし日本人が作った映画でもあるのでそのうち
もっと安く見れると思いますがサイードの家族(パートナーのようです)がゲストで来るようなので
これは必見でしょう。どなたか行かれる方がいたら感想聞きたいなあ。
しかしなぜに大江健三郎講演付き?これって余計だと感じるのは私だけ・・・?

『エドワード・サイード OUT OF PLACE 〜Memories of Edward Said〜』日本映画 佐藤真監督」完成記念上映会+大江健三郎講演会。
日時:2006年4月29日(土) 14時30分開場
   15時~「エドワード・サイード OUT OF PLACE」上映
   18時~あいさつ:マリアム・サイード
講演:大江健三郎「《後期のスタイル》という思想―サイードを全体的に読む―」
場所:九段会館 大ホール
入場料:当日券:4,000円/前売券:3,500円
※チケットぴあ(Pコード:551-978)にて販売中!
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# by flowfree | 2006-03-20 19:13 | 映画:政治関連
久しぶりに同じ学部の同僚と親交を深めた。
あるトランスジェンダーについての舞台に一緒に行ったのだ。
そしてかなり魅力的な新しい人物ハケーン!
性欲増進の興奮状態を抑えるよう勤めたのですが・・・。

その舞台は
ドイツのナチの頃に
男性から女性のトランスジェンダーで生き残った
Charlotte von Mahlsdorfというドイツ人の
実際の話しを一人舞台で演じられたもの。
2003年にNYブロードウェイで幕開け
それ以来数々の賞を取って各地で演じられている舞台だ。

舞台は良かった。1人舞台だけども
着ているものはずっと変わらないのに違和感が残った。
それもトランスジェンダー役の人物がいつも
来ている黒いワンピースにネックレスという
いでたちのまま一人何役もやっている。
もちろん男っぽいインタビューアーの役もそのワンピースとネックレスのまま。

日本で一人舞台で有名なイッセイ尾形さんとかはどうしてるのだろう。
ちょっと知りたくなった。

帰りにWestin Hotelのバーで一杯飲んだんだけども
そこが以前は壁一面に水が流れているようなカッコいいところだったのに
今は小さくなってただバスケットボールの試合が大きなテレビで
流れているバーに建築しなおされていた。
でもしょうがなく入ったら案の定うるさくてなかなか舞台の
感想の話しもできない。

あきらめ、どーでもいい話にいつのまにかなっていた。
オリンピックのフィギュアスケーター男子の男っぽさや女っぽさについて、
こっちバージョンの料理の鉄人で、鉄人になったシェフの
お店についてなど。

そんななか新しい学生で初めて知り合った人がいた。
いやあ、かっこよかったなあ。。。 *^^*
惚れそうになってしまうので性欲をとりあえず抑圧!
基本的に性欲というのはどんどん自由に探求したいのだが
内輪での惚れた腫れたはだめですよ!
それを批判するのが私の仕事?と思っているので。
ただいつも人のことばっかり言って自分はどうなんだよ!
っていう活動家も多いのでしっかり現実と向き合い、
私達も感情の揺れがあり、理性を保つということを
常に自分に言い聞かせることが必要だ、と書いておきたいですね。
教授だろうが研究者だろうが活動家だろうが
魅力的な人材を見極めるのは大切。
それで他人を批判するのに自己批判をしないのは
自分を可愛がるための政治としか思えません。

まあ滅多に良い人材?と出会える事がないので
この新しい生徒に注目したかったのだけど
実は、私と一番近い存在であり一番苦手な
教授の生徒だということが判明。
先々考えるとこういう子に関わると面倒になるからダメですな。
どこでどう繋がるかわかったもんじゃない。

やっぱり内輪って色んな意味で難しいんだなあ。
とさらにやる気?が落ちて帰るときには興奮度もうまいことに下がって
いたある夜更けでした・・・
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# by flowfree | 2006-03-19 17:52 | 女性

ナショナリズム教

asahi.com: 君が代斉唱、生徒起立「徹底を」 都立高校長に通達-社会こういう事に力をいれている教育委員会って
今世界中でどのくらいあるんだろう。

国際化に基づき人種の違い、文化の違い、教育の違い、
そして家族関係、性教育と実際の性知識のギャップ、
モラルの理解の違い、個性を伸ばすという意味、言語教育、
子供の携帯、ネット、治安や環境からみる教育、
などなど
都の教育委員会が時間とエネルギーをかけて
議論していくことは山ほどあるだろう。
それをこういうことに意義を立てて”徹底を計る”という
東京都の教育委員会にがっかりだし
彼らの教育、という意味への建設的時間の使い方を疑う。

こういう事が流れ的にでてくるご時世は
ナショナリズムという宗教にはまってしまっていて
周りが見えなくなっている人を想像してしまう。
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# by flowfree | 2006-03-14 05:23 | 信じる人達
「たかじんのそこまで言って委員会」で放送された映像南京大虐殺は本当にあったのか?という番組の動画。3月6日放送
▽南京大虐殺と反日プロパガンダ
◇司会 やしきたかじん、辛坊治郎(読売テレビ解説委員)
◇パネラー 三宅久之、金美齢、西村眞悟、川崎泰資、デーブ・スペクター 宮崎哲弥、桂ざこば、遙洋子
  ゲスト:東中野修道(亜細亜大学法学部教授)

日本でも東京にいると見られない番組(関西地区を中心とした限定地域の放送)をネットで見られるのは嬉しいけどもこの番組の構成で
初めから示している肯定/否定派の数にバランスがないところや
司会のたかじん氏のコメントの方向性そしてメインに起用している
教授の意味合いの方向性をみるとどれをとっても
”南京大虐殺があったという理解への反論”主旨番組だったので
この番組自体のプロパガンダなのかと見られざるを得ない。

構成元にされた教授の本だって元々は”なかった”派。そんな教授を呼んで
メインに話させそれに沿ってもと議員と現議員をいれ半数以上の”なかった派”。
”あった派”には一人偉そうな口数の少ない人、2人タレント(遥洋子とデーブ・スペクター)それに後々”なかった派”に寝返った芸人。スペクターも遥洋子も結構話していたがなぜにもっとしっかりした資料を突きつけようとしないか、が不思議。
というか東大で上野千鶴子の授業をとって議論という名の喧嘩を学び
本をだして印税で結構もうかった彼女がここまで資料を出して議論を
しようとしないところに”ああ、わざとしてないな”というのが見える。
芸能界で生き延びる、このテレビ局にお世話になっている、
女として、議員もいるし、と色々考えた後の想定内の中途半端な
反論なのかもしれない。ちゃんちゃらおかしい。
上野さんの生徒だとあの程度、という噂もあるが。

元々”なかった派”の教授が自分の著書を出して南京虐殺の写真が
嘘だ、という検証をしてる、とわかっていたなら
それに反する本や、元軍人の虐殺体験者の著書なんぞも
あるんだからそれらを反論意見のもとにして出すのは考えられるだろうに。

まあ、あの場で何かを言おうをし反論しよう、と数回試みた、という
事実を評価するべきなのかもしれないが。

デーブ・スペクターもタレントだとしても
日曜の朝のサンデイ・ジャポンの言動を見る限り
ある程度の歴史を建設的に見ている視点はあり
この番組でも一番反論していたけど
こういう頑固議員や教授、
”中国人は人口が10億人いれば1億人くらい死んだっていい、って
思う国民で命の大切さ、という意味では日本人とは違うんだから”
と大問題発言をしている極台湾派/反中国派の金美齢
(第二次世界大戦の時に戦争で明らかに死ぬ、とわかっていても
兵隊を使って神風部隊などを考えた日本政府の実績はどうなんねん)
がいるのだからコレ、っていうアメリカの資料でも出したら
もっとみんなは話を聞いただろう。
正直日本に植民地化された文化(台湾や韓国)から来たエリート、インテリ
は当時の日本語教育の中で評価されていて母国で日本に身を売ったと思われた
節もあったようで後に日本に留学したものもいれば
母国を逃げるように日本に渡った人もいたようだ。
母国に残った仲間のエリートやインテリが中国政府にターゲットとされ殺されたりしていた中、
日本に来ていた反中国政府派は中国批判活動をし、母国にパスポートを略奪されるなどの
プロセスの後日本に亡命をした人が少なくない。
こういった人物は日本に恩も感じながら極端な右派政治への活動を
経験上選択の余地がないともみえる程(金美齢 - Wikipedia参照)行っているようだ。

そういう人物に平等に対抗できる知識を持ってくるのが当然だと思うのだが。
まあやりすぎたら後々が怖いというのもわかるが
やりすぎずにでももうちょっと挑戦できたと思うのだが。

デーブ・スペクターは
もともと日本人は番組の中でも出たように原爆を落としたアメリカ人、って
最後にもってくるところがあるというのは充分経験上わかっているのだから
それを頭に入れた上での議論というのを
そろそろ学び画面でも出したらどうか。
というかやっぱり彼も日本メディアの生き残りを考えてそこまで
できないのかね。生き残りを考えながらでも、公平に検証してもらい、
疑問を残す資料をだす、ということはできるだろう。
そういうところへのこれからの活躍に期待したいのだが。

結局は正月の朝まで生テレビのような状態になっても
見ていて納得はできないが(笑)政治の話をメディアで
出されたときの主旨の流れや趣(おもむき)、傾向、などを
良く観察し、これだって”メディアの歴史の一部”という
認識を持ってそれらの流れの危険性にも注目して行きたいものだ。
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# by flowfree | 2006-03-13 09:12 | 権力社会というもの
ブロークバック・マウンテンでの俳優陣をちょっとかっこよく思ってしまいますが
アカデミー賞の直前インタビューでジェイクギレンホールが
”あの映画に出演してから色々質問されたと思うけど何を一番聞かれた?”
と言われ
”いやあ、やっぱり男同士のキスってどんなの、っていうのが多かったけどね。”
と仕事だからしょうがない、みたいな様子で答えていました。
このノリでまあ本当にプロであって同性愛を直接否定しているわけではないけど
仕事以外には有り得ない、というニュアンスが伝わりました。
まあ本当のことなんでしょうから別にいいんですが。

ということで映画を観た後にこういった俳優さん達の素直な
実物像を見て現実に戻されますがこんな写真もありました。
このサイトでアン・リー監督とギレンホールがアカデミー賞の前夜パーティーで
お祝いしている(騒いでる)様子が載っています。超ウケる&好感度UP!酔っ払ってるジェイク・ギレンホール画像

うん、本当にこういう兄ちゃんよくいます(笑)
特にアメリカの大学に組織としてあるサークル・グループ、フラタニティーに所属していた人達なんかはパーティー慣れしていて
良くこんな面白い姿をお披露目してくれる。

それでギレンホールさん、楽しそうだ。
アンリー監督とも仲良くなったんだなあ、と私もちょっと愛しく見えたりして。
んでやっぱり実際は若い元気いっぱいの楽しい青年なんだねえ。
なんかチャン・ツイーに惚れていた、なんて噂もあったようだから
中国系ともふつーに関係を持てる俳優なんでしょうね。
おもろいニイチャンです。
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# by flowfree | 2006-03-13 07:31 | 映画:クイア/同性愛
自分の住んでいる国に3時間時差があるのに
1/3くらいの生徒は”時差はない”
”あっても何時間かしらない”
”2時間だ”
などと言っていた。

生徒はほとんどがアジア系だけども
こんなことってあるんですねー。
家族に守られて近所の似たような人達としか
付き合わないとそんなもんなんだろうか。

まえは北米、という話をしたら
”呼び名を知らなかったから南米かも、と思った”
という生徒もいた(もちろん時差を知らなかった一人)。
これによって本当なんだなあ、と。
多分というかほとんどの可能性で
北米のニュースはみずにきっと見ても
ケーブルのアジア系ニュースをみてるんだろうなあ。

まあここで生まれたわけではない移民としても
これって結構恥ずかしいことで
大学生になってもこれを知らないで
すませちゃあいけないだろう。
こんな子達はみんなビジネスや経済を専攻してる
からね。お願いだからビジネス、経済の教授大先生方も
教えてやってくれよ、こういうこと >_<
というか高校で教えればいいのか。
ああ、わからん。

こういうのをいつまでたっても”常識”と
思って教育しないと移民などの”常識”の文化にいない人達が
遅れをとるんだろう。文化によって常識が異なるのは
当然だけどもこんなところにもで出たか、と
ちょっとがっかりした出来事だった・・・
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# by flowfree | 2006-03-12 04:43 | 文化の違い
b0058997_18284719.jpgYahoo!ニュース - ロイター - 中国各紙、アン・リー監督を絶賛も「ゲイ」の部分などカット(アンリー監督の写真もあります
というニュースで、削除された部分というのがちょっと驚きだ。
ゲイコンテンツのため中国では公開禁止になったという
このブロークバック・マウンテンを監督したアンリーがアジア人で
初めて外国映画としてではない(アメリカ映画としての)監督賞を取った、ということで
中国各誌は大きく報道したそうだ。
アンリーが監督賞を受賞した際にステージに上がり
感謝の気持ちを台湾、中国、香港の人たちに向けて中国語で話した、ということを
報道し伝えるも、結局このアカデミー賞が放映されたときは
どのメディアもこの部分をカットしたという。
(元のニュースが編集され再送されました。その違いについてはakaboshiさんのこのブログで早速細かく説明してくれてますのでどうぞ参照して下さい。一番下で残した記事は編集される前の元記事です)

このニュースは中国政府の意向に沿わない部分がカットされた、と報じている。
ということはアンリーは台湾出身、ということが問題なのか。
中国からの独立問題で台湾と中国がピリピリとした関係を長く続けている。
その台湾から抜きん出てアメリカでも最高の賞を取ったアンリーを
中国はかなり複雑な気持ちで見ているのではないか。
中国人の誇り、ではあっても、ゲイの内容だし台湾人だし、ということで。

もちろん、アンリーがこの映画の監督に選ばれたのは偶然ではない、と
思う人が実は多い。保守派もたくさんいるアメリカ映画界で
アカデミー賞に評価されるような
”保守州にいるカウボーイのゲイ”
についての映画をもし白人が作ったらもっと大変なことになっただろうから。
保守州での過激右派、過激キリスト信者による
偏見によるテロ、殺人、事件は良く新聞やニュースを賑わす。
一部の州では中絶を許すな、というプラカードを持って未だにほぼ毎日
病院の前を大声でマーチするキリスト信者も日々なくならないし
中絶を行う医者や看護士の殺人やクリニックの放火は
良く聞く話であることを考えると
保守州の中の文化(州そのものの文化やカウボーイの文化)
による同性愛についての映画を作ることはこの過激右派/キリスト信者を
刺激しているのは当然理解できることであってこの監督が事件に狙われて
しまうのでは、という心配も多々あるだろう。
だからこの記事にあるような
ミシェル・ウィリアムズ、“ゲイ映画”に出演したとして母校から縁を切られるということは不思議ではないし(もちろんこんなことは私は反対だ)アカデミー賞厳戒、候補に問題作ズラリという記事で
”最多8部門にノミネートされ、本命視される「ブロークバック-」も、社会から大きな反発を受けている。ベネチア国際映画祭グランプリ、ゴールデングローブ賞最多4部門受賞など前哨戦を総なめにしてきたが、米国ではキリスト教右派勢力を中心に同性愛を絶対悪とみなす意見も根強い”との背景からテロなどの犯罪を防止するためFBIも含めた警視庁からの
警備がすごかった、というのも当然のように理解ができる。
ミッシェル・ウィリアムズは映画の中では主役の男性の妻役で
旦那の同性愛を見抜いていき、それに不快を感じ表現し
離婚までもしている、という役なのに、この作品に出てる、ということで
母校から追放されてしまったという。
・・・って卒業したのはもうとっくの昔だろうに。

でも考えてみたい。同時にもし彼女がこの映画の監督だったら、一体どんな仕打ちが待っていたのだろうか。
つまり、監督のアンリーが白人でアメリカ人だったらどんな仕打ちを受けていただろうか、ということだ。
いや、白人でなくても既に色々な(偏見、差別、や様々な言葉や表現の)”暴力”を受けているとも予想される。
FBIがテロ対策に警備に出る、という上のニュースにあるようにアカデミー賞
授賞式はこの映画の同性愛コンテンツに反発する過激右派によるテロを恐れ
警備もすごかったようだから
アカデミー賞の参加者は
”こんなテーマをやるから荷物もたくさん調べられ、時間もいつもよりかかり、
とっても面倒になったじゃないか”とも取るだろう。
保守派を刺激しテロが出そうな内容の映画を作り、
またそれが大きく評価されるということは
間接的にも先々の状況的な問題(あるいは不都合さ)をも生む事になるようだ。
まあそういう事を乗り越えてやっと偏見や差別の力関係が崩れていくものなのだろう。

こんなこともあってか、実はチカラのあるものの地位を脅かすような作品は
マイノリティーが選ばれて作っている事が多い。
チカラのある物へのリスクが少ないからだ。
正直マイノリティにとってはその方がある意味都合がよく面白い
作品が自由に出来たりする選択肢も広いかもしれないけども、
”訳のわからない、有色人種だったら自分達白人の価値がわからないんだから”という
ような見下されたところで危険から免れたりするのだ。
極端に言うと”偉い人間が低級の価値をベースにしたものに関わってはいけないし、
低級のもの(人間も含む)が偉い人間の価値を理解する事は不可能”
という偏見、差別のヒエラルキー理念から来ているということになる。

このメンタリティーは大学の中でアジア人が白人についての研究をするのがタブー、というのと似ている。このブログでも何度も書いてるが
白人が白人を、白人が有色人種を研究するのは"当然”なのだが
マイノリティーがマジョリティーの白人を研究するのはもってのほか、なのだ。
有色人種の教授らはこの力関係は理解しているし
逆に”やりやすさ””生き残りやすさ”ということで白人についての
研究をわざと避けようとしているのもいる。
まあ全ての有色人種が白人の研究をしていない訳ではないだろうが
北米でこのタブーを知らずに大学院に来た有色人種(日本人含む)
がヨーロッパ、北米のアングロ研究をするつもりだったのに
後々研究テーマを自分の人種にしろ、などと
指導教官に言われ抵抗して辞めさせられた例をいくつか知っている。
マイノリティーがマイノリティーを研究するのは
どーぞどーぞと喜ばれ、勝手に目立たないものを目立たないところでどーぞ、となるが
権力や地位のあるものを研究するには必ずどこかで批判されるだけではなく
潰される。まあそんな世界だからアンリーがこの映画を監督、というので
北米の権力関係を理解してる人間はなるほど、と思ったものだ。
マイノリティーのアンリー監督がこの映画を作ったほうが白人監督が作った場合よりも
過激右派から同等に見られていない分だけ脅しやリスクもきっと
少ないだろうし攻撃されるなどの相手にもされないだろう、という理解だ。
だから白人がやりたがらない攻撃を受けるようなテーマは
有色人種がやってくれる、という映画界では重宝されるような
立場にあるようにも見え、または攻撃されないという保障がないだけに
有色人種監督は実は北米映画界に”利用”されているのではないか、
と見るものもいる。結局どうみられようがやりたい事がやれるというのが
大事な気もするし家族がいたら本人はやりたくても迷惑がかかる、という
事で有色人種でもかなり慎重に仕事を選ぶ人もいると思う。
まあ、映画界は気持ち悪いほど競争が激しいので(私の大嫌いな表面的な
コネづくりが仕事の中心だ)結局チカラのない有色人種は選択視も
もらえず危険だろうがなんだろうが大きな仕事はチャンスと見る人も多いだろう。

私のアジア系の友人の映画監督も世界各国で映画を上映してても
北米で生き残るには白人についてのの素晴らしい映画を作るまでは認めてもらえない、と
いつも話している。でも自分の作品が有名になる前に北米に来ても
どこにも目を掛けてもらえない。”目立たないところで勝手にどーぞ”
というノリだ。まず自分の人種の人間が中心にいる映画を外国映画として
作るのが先、と見ているようだ。そこで認められて初めて北米で
一人前として見られ、それから白人の作品へ、という順番がある程度あるらしい。

まあとにかく、スピルバーグも競争相手だったのに
彼をも負かしてしまったアンリーはこんな権力、力関係の
中でも実力を見せた、という、なんともスゴイ人なんだなあ。
彼のバイオグラフィーとか読みたくなってしまった。

元記事のリンク切れがないようにココで読めるようにしました。
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# by flowfree | 2006-03-08 18:28 | 映画:クイア/同性愛