アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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文化イデオロギーとしての”愚痴”、そしてその可能性

あれれ・・・ どこぞの同盟まとめサイトを見てみたら
私の枕詞を入れる努力も報われず、勝手にまとめられて
枕のずっとあとの文も入れられてたなあ。
うーん、どうしようかね。。。

ま、とにかく愚痴、というものを文化的なイデオロギーとして
考え始めのでちょっと書いてみたい。
とりあえず: 今やってるバイトはどうにもシンプルな仕事なんだけど
常に愚痴を言っている人たちがいてそれが私にとっては興味深かった。
どうやったら愚痴られる内容がそれだけ出るものなのか、
シンプルなものから強引にも組み立てて造る愚痴の創造性や
拡張性に感心してしまう。
愚痴っていうものには凄い可能性があるんだなあ、と。

シンプルなことは人や状況によってシンプルに見えないし
複雑化させることも可能だというのはある。
それで例えとして、”シンプルな仕事”の極論として
一人で一つの事務の仕事をもくもくとやること、を例にして考えてみよう。
それでも愚痴は出来るけどもあまり変化のないそれほどの
シンプルなことを日々続けて愚痴りなさい!という指令が出たとしても
ある程度やればネタも尽きるだろう。
でも指令が出てるんだからもっともっと言わないといけないとしたら
自分の以前の経験や、ある程度の憶測や妄想を
入れて広げて話していくと時間が埋められ結構続けられると思う。
今書いているこの”例”のように、ある"例”を出して次から次へと
話し続けられると思う。

その拡張性や想像性を他人とシェアしていくと会話、
状況、人との関係も刺激され複雑化され
仕事への体勢も変わるし、一緒に愚痴る相手との関係性にも
変化がおきる。現に、愚痴を肴に昨日は何時間も居酒屋で過ごしてしまった。
だけど私は愚痴仲間に普段は入っていなかった。
理由は単に愚痴る女性パートさん達の部屋っていうのが
空気がコモっていて循環悪く、代わりに広くてソファのある男の休憩所(爆)
に一人で行ってしまうから。まあ、愚痴モードの影響の受け方にも
選択視を入れたいのでそこはわざと入らなくてもいいな、と思ってる。
(みんなで飲んでる肴としての愚痴は楽しめる)

私も今まで日本では多少、そして北米では結構色々な
種類の仕事をしてきたけども
それに比べると今のシンプルな日本でのバイトは
とっても楽で、過去にここでいくつか書いてきたような
怒りや愚痴が不思議なほどでてこなかった。
もちろん、環境も状況も立場も違う中での仕事、っていうのもあるけど
やっぱり人間関係なども複雑さはあまりないし
それを理解しようにもそれが可能な環境にいないほど
下っ端な立場にある仕事なんだと思う。

それでも愚痴っている方たちは
よくぞそこまで続くなあ、という愚痴の創造性が
更なる創造性を生ませようとしているかのように
現実の経験と刺激しあう。
実際、愚痴る方たちは職員の人に嫌味を言ってみたり
それで怒鳴られたりと不思議と物語が洗練されて
愚痴も洗練されたりしていた。

昨日一緒に飲んだパートさんは
他の職員やパートさん数十人の前で
一人の男性職員に怒鳴られたそうだ。
私は休みだったんだけど
男性は興奮しすぎて舌が回らずに
他の女性職員が通訳してくれたほどだったそうだ。
この女性は怒鳴られても
言い返し、その男性の前で横にいたパートさんに
”この人頭おかしいんじゃない?”
と発言。男性職員は
”君の評価はとても下がったよ。君は職員を尊敬しない!”
などと色々とまあオカシイことも多々言っていたよう。

それでそのパートさん、すぐその男性の上司に
話し説明。その場にいなかった上司は大丈夫、というような優しい返答。
このパートさんは以前にも口調が厳しい職員さんに
言い返したよう。でも全ての行動は正論だったと思った。
ただ、もっと酷い状態を見てる私にとっては
あまり頭に残らない状況。
そういったことがあったようでこのパートさんは
周りの愚痴メンバーや職員に一目置かれていたようだ。

ただ、昨日の数人の飲み会で発覚したのだが
彼女実はNY大学の院で教育学を学び
そのままNYで就職していたらしい。
日本に戻りそれなりに色々と堅実的なお仕事をしていたけども
時給が高過ぎるという理由でリストラされたそう。

そう、職員に言い返し、一目置かれ、意見を主張していたのは
やっぱり海外留学組女性で高学歴の人だった。
"生意気女留学生/帰国子女”のステレオタイプそのままだ。
そしてやっぱり
”海外で暮らすとフツウの常識が見えてきてとても人間性が磨かれた”
と話していた。

後に彼女の海外に行った理由が日本でしていた派遣の仕事や人間関係に
辛くなったこと、と知り、”海外に行ったから、というよりも
日本を出る前の状況が大変だったからそう思えた、という訳で
大変な状況でなければそう思わなかったかもしれないから
海外で素晴らしくなった、ということとは違うんでない?”
と厳しい突っ込みをしてしまった!
その女性はそうだね、と言っていたけども。

私は海外でこうなりました!とかそういう浅はかな判断を
もっと追求して
”海外生活/留学は素晴らしい人間を造る”説
をぶち壊したい。現に、海外に行った、留学した後に
大きな勘違いをして見ていて残念な気持ちになる
人がいたりする。先週もそういう人とあって
将来イイイミの可能性を秘めている人と思ったのに
海外留学で勘違いされてしまい、つまらない人になっていた。
ま、つまらない、という私の定義とともに今度それも書きたいけども。
(つまり海外留学や生活をして”つまらない人間”も造られると思っている。
勘違いや先入観の延長を助け、批判的観念を個人的かつ勝手な
自己の経験を元に妨げる。”私が実際に経験したんだから”
という誰もわからない理由をあげ、妨げやすい)

とにかく、海外に2,3年いると自分の持っていた
日本で温められ無意識に構築していた海外観念が
良くも悪くもその元々あった観念に沿って洗練され、
ぶち壊される前に日本に戻ってきてしまう事が多いと思っている。
”あれ、海外にいるから、っていうよりも自分の人間性や元にあった先入観が
こういう気持ちにさせてるのかな”って考え始めるのに数年かかる気がする。
そういう傾向を良く見てきた。もっと長くいると海外生活なんて
一つのやり方、とう意味だけになり、カッコいいとか人より優れてるなんて
ものと関係なく、そう感じていた自分が恥ずかしい、という気持ちも生まれたりするんだけど。

とにかく、パートでの愚痴環境を円滑?にさせ
日々創造していた中で留学、高学歴女性が重要な役割を
果たしていたのは確かだった。

それに周りの女性も加担していて一緒に態度で
職員に反発心を見せていたりしていた。

なかなか奥が深い、と勝手に一人で観察していたんだけども。

昨日一緒に飲んだある一人の女性にこのブログ教えてしまったんだけど
失礼じゃなければいいな、と思って書いている。
だってほんとにおもしろい!と思ったんだもーん。

仕事のタイプとか人とかもそれぞれ多様だけど
北米での状況で短期といえどそれほど知れない人に
職員に対して愚痴る行為は結構ご法度というのもあるから。
上と繋がっていてチクる人もいるかもしれないし、
上のステイタスを目指している人もいるから
愚痴るのはとってもタブーになる。だからつまらない。
相手が特に権力者ならやるべきなのにみんなやらない。
だから日本の短期パート女性がこれだけ自由に愚痴る、
というパワーと意力?にちょっと感動のようなものも覚えたのも事実。

色々と考えるきっかけを与えてもらった!
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by flowfree | 2005-12-30 18:12 | 権力社会というもの