アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


by flowfree
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリ:feminism( 5 )

心を打たれた!

久しぶりに大学関係者の優しさに触れた。
いや、優しい人もいるけども教授で結構権力者と言われる女性だったりする人
だとなかなか考えられない。
だけど大学も違うし状況も違う人間が
何の特にもならないのに助けをオファーしてくれた。

以前学生をやっていた時にお世話になった教授なんだが
やっぱり何か繋がりを感じる人のほうが直接の指導教官より
頼りになったり、優しかったり、人間関係を築けたりするんだなあ、と思う。

それも来年にならないとわからないことで
その結果次第で。それも大学が違うから色々と
調べないといけないのだが
このせっかくのオファーが無駄にならないように
工夫したい。

そしてこのかたにも出来るだけのサポートをしたい。
一体何が出来るかっていうのもこれからも考えて行きたい。
感謝感謝だ。
[PR]
by flowfree | 2005-11-16 10:50 | feminism
b0058997_1657648.jpgちょっと悲しいような、淋しいような、悔しいような出来事起きてるようです。
それほど仲良くないけども、とっても仲の良い友人Aの友達のBさん、が
掲示板で名指しで語られていたようです。
まずそのスレにフェミニストということがはっきり見える表現があります。
そしてBさんを指導した有名教授の名前もありました。
その影響でBさんは個人サイトを閉鎖したようです。

その掲示板の内容を見てみましたがそれほどBさんを攻撃している、とうものでは
ありませんでした。当人のサイトは見ていないのでどんなものがいったのかは
わかりません。でも掲示板にはBさんが関わっているイベントの情報があり、
そこには以前日本は”ネ申の国”と言われた時代からの制度についての
話があるようです。それを考えるともしかしてたくさんの
コメントが載せられたのかもしれません。

残念なのはこのBさんは権威主義中年フェミニストに挑戦しよう、という観念を育てている
数少ない教育者ということです。
育てている、という意味はまだまだこういう態度や観念を持って
学界を生き抜こうとするフェミニストは少ないからです。
頭で思っていても、結局はヘコヘコ、相手を立てて反対しているように見せても
はっきりモノをいうのをわざと避けている方が主です。
仕事の場を脅かすのですから気持ちはわかりますが
正直守っているのは対して価値があるものなのか、疑問です。

このBさんも、はっきりとは挑戦していないかもしれませんが
ちょこちょこと出して来ていて、まわりからみても、頑張ってるなあ、と思います。
そしてかなりのエリートなのに、筆者のようなアウトローにもフツーに接します。
”え、そんなの当たり前でしょ?”と思った方、甘いですよ~。
海外でもかなりのエリート男女と出会いましたがこのBさんほど
相手を尊重して素直になんでも話そうとする方はいませんでした。
日本のエリート男女には筆者のようなの、かなり違和感でるんです(って読んでいてくださる人にはわかりますね)

ここまで書いて予想できるかもしれませんが
一番このことを複雑、皮肉にしているのは、Bさんは指導を受けた有名権威主義フェミニスト
を色んな面から構造批判していて、実はフェミニストの中でも全くと言っていいほど合わない
派の観念を持ち合わせていることです。
すなわち、なにかとBさんはよくも悪くも有名指導者の名を一緒に連ねられる
ことが多いのですが、それで恩恵も受ければ同じに見られ批判も受ける、ということです。

そしてその掲示板のスレの一番初めにBさんとその指導者の名前が一緒に並んでいます。

筆者はこれを見て、かなり悲しくなりました。
なぜならBさんが日々保守的な反フェミニスト軍団と戦っているのはもちろん、
さらに保守的で権威主義現フェミニストとも戦っているのを知っているからです。
Bさんの状況はそれこそ学界の中にいるのでもっと大変だと思うのです。
それに加えて支持してくれる方が少ないのですから尚も大変。

ストレスが尋常じゃないようです。同情します。

でもサイトは続けて欲しいな。どんな意見が来ても、続けることの意味はあると思うんです。
Bさん、応援します!きっとこのブログしるよしもないと思いますが
もし何かの縁で、連絡をくれて、自分ができることがあったら気軽に教えて下さい。
こういう時こそ支えあいましょう。
[PR]
by flowfree | 2005-10-10 17:21 | feminism
学生のヴィクトリー!!


結局権威を振りかざす女性フェミニスト教授が折れました。
小さいと言っても5人全ての博士課程の学生が団結し、
小さいと言っても権力者がよ~く蔓延る女性学学部、
その中の権力示したがりおばさん諦めたようです。

やっぱり一つのポイントは同じ学部の一人の心強い教授が密かに学生の味方で
学生が”勝つ”ために影で色々と支持していたことじゃないでしょうか。
そしてその教授を支持する若者教授も数名いて、
結局若者教授も一緒に学生の意見を支持するような表明を出したようです。

こんな政治が面白い!と思うのは自分だけでしょうか。
やっぱり権威主義的な教授、男も女もいれば、それを密かにおかしいと
思っている教授もいて、表に出すと立場上マズイ、というのはみんなが
理解できる大人なので、学生たちもどの教授が手伝ってくれているか
などということにコメントナシ、暗黙の了解でメルアドを加えて仲間と同様に
メールを送り続けました。

これを機にもっともっと権威振りかざすフェミニストにも挑戦していってくれー
と応援する筆者でした!
(クドイようですが自分は反権威主義的フェミニストを目指しているし応援します)

[PR]
by flowfree | 2005-10-01 17:57 | feminism
ちょっと学校の事を書きたくなりました。実は他の事を書いていたのだけどそれを説明するのにまたちょっとした背景説明があったほうが分かりやすいかな、と思いちょっと北米の女性学事情と自分のその中の立場をお話したいです(と言っても前置き長すぎて実際の話に行き着く前に他の事を書きたくなることがありますが・例:カウンセリングのトピック)

ポルノは色々な学部で学べるトピックです。法律、文学、芸術、社会学、様々。
北米で女性学では必ず通る話と言えるかもしれません。女性学というのは
どのエリアからも勉強できる大きな科目なので上の色々な面について
議論したりします。そしてそれらを支持する、しない、中間などの自由な
議論を色々な意見を聞きながら学べるのが理想ですし、目指したいやり方です。

ちょっとフェミニズムとポルノの関係について説明しますと。
まず一般的に女性学と言えば政治的な活動に興味を持っている学生が多いです。
まだ希望を持って勉強している若い学生が多いですし、日々女性としての権利やクイアとしての権利や色々な人権の話(クイア男性もいるし、クイアで人種的特権のない白人以外の人間、などなど)の問題に直接関わっていたり、問題提示に興味のある勉強をします。その傾向は
大学院ではさらに強くなり、理論を現実の実践を踏まえて学ぼうと試みる傾向が高い
学部です(こういった傾向もあり、レイプを防ぐセンターで働いている学生や、ストリッパーをしている学生など色々といます)。これは聞くところによると女性学と言っても日本の学生・教授の形と多少異なるようです。

そんな北米の女性学部ですが教授は学生ほどそう思っている人はいません。
なぜなら女性学を勉強したことがない、あまり興味のない教授も、研究内容に女性が関わっていたりすれば雇われることがあるからです。それと仕事がない状況ではどこでも雇われればいい、という人はどこにもいますよね。まったくフェミニズムに興味のない教員もいれば、ある教員もいます。それに興味のある教員の中でも政治的に行動を起こすフェミニスト(A)と行動派起こさないが勉強はするフェミニスト(B)がいますし。Bの立場が日本で多いのと同様、北米も少なくありません。でも日本ほどではないようですが。

そんな北米でAタイプのフェミニストがいる学部でもフェミニストも様々な種類や信じ方がありますからこれまた簡単にはいきません。お互い行動を起こしたいフェミニスト同士としても、信じるものが違えば対立するものに対して行動を起こしたい、ということもあるからです。例えばフェミニストと言っても人種の違いが頭ではわかっても気持ちがついていかない人物もいるし、頭でわかりたくない人もいるので女性でフェミニストで差別する人も少なくはないんですよ。まあ話しにならないタイプですね、これは。

あとは例えばポルノ廃止を考えるフェミニストが日本では目立ちます。北米でも反対する有名フェミニストも多いし、活動内容の事情でポルノを制限しないと人権を脅かす状況になってしまうこともあります。例えば子供のポルノというのも問題だし、ゲイメン用の未成年ポルノというのも同様です。それについての制限は筆者はどこまで線を引いたらいいのか実ははっきり決められていませんが。

同様に、ポルノをやり方や状況によっては支持したい、という人達もいます。筆者はこれに属します。日本でも多少いますし、北米で支持している人達はアーティストなども多く、写真、絵、ダンス、などのイベントや展覧会や本は多く露出していますしかなり人も入ります。日本の性産業で活躍している女性でフェミニストでとても興味深い論理を実践を交えて唱えている方もいます。南智子さんなどもその一人で筆者は応援しています。そこで興味深いという意味でお勧めしたいのは性産業で働いている女性達の多くが参加して書いているこの本です。
b0058997_14103345.jpg
[ポット出版] 売る売らないはワタシが決める
この本では性風俗産業で働いているフェミニストや活動家とも呼べる女性達がポルノについて書いている学者、作家、弁護士などを相手に、名指しで挑戦的な記事を書いています。

個人的にはこの内容全てに同意するわけではありませんが読んで考えさせられることは多いと思います。自分は必ず両極端の立場の意見を聞きたいと思うたちなのでこの本はある意味両方の立場の意見が考えられるし、性産業の女性たちのシャープで鋭い意見が学者や偉いさん相手を斬っているのが気持ちいいものです。こういうことはどんどんやってもらったほうがいいと思います。
最後に南智子さんやその他の(男性も含めた)方達の議論が載っています。
歴史をふまえた話も出ますし、とてもおもしろい。
確かロフトプラスワンでのトークだったかな(違うかも。この本読みましたが忘れた)。

この中で記事を書いている女性と知り合ったことがありました。
彼女は勉強もしていて、頭もいいし、若い性風俗の女性を引っ張っていっていて
とてもかっこいい。彼女のような女性がどんどんでてきて欲しいと望んでいるし、
彼女達の言葉はもっと聞かれるべきだと思うのです。

ポルノは全てダメ、ポルノは全てイイ、というのは他のもの同様極論だと思っているし、
やぱり問題は中身で、どうやってそうなったのかなどのプロセスだと感じます。
それでフェミニストと呼ばれたい人もいれば呼ばれたくないけどやっていることは
同じ、など様々。自分に合ったやり方や呼ばれ方が選べるというのが大事だと思います。
そしてそのやり方、呼ばれ方などを知ろう、学ぼうとするまえに偏見で対応してしまうのが
一番問題。ポルノに対しても、学者に対しても、フェミニストに対しても、質を見て行く
事をお勧めしたい筆者です。

現実的な話に繋げると北米では両方の立場を理解できる教授が少なくないお陰で
支持したい立場の議論をしても自由に話ができる雰囲気があります。
でも日本の学界では反ポルノフェミニストの学者が多いため
支持する議論が凄く出しにくいと聞いたことがあります。
もちろん支持していたり中立派で色々な意見を聞いてくれる学者も
いるでしょうが実際に支持する論文を書き卒業してもそれを元に
仕事が取れない、など先々のポリティクスに繋がるようです。
これをふまえても質をみてほしいし、学者に挑戦するセックス・ワーカーに
頑張ってもらいたいと思う筆者でした。

[PR]
by flowfree | 2005-09-25 13:50 | feminism
特に日本でいうアカデミックな中でのフェミニストの方たちは
自分の私生活とフェミニストの観念が矛盾している方が多い。
仕事関係や恋愛関係そして家族関係の中での男性、女性などと関わる人間関係の中での矛盾だ。

b0058997_1811312.jpgもちろん、矛盾したっていい。誰でもどこでも完璧はない。ただ、その矛盾をどうやって扱うか、ということにもっと頻繁にスポットライトを当ててもいいのではないか。

矛盾が起こるのが日本だけではないのはもちろんだ。だが北米での”私生活とフェミニズムは
分けられるものではない”、というのが基本的な理論でそう教育を
受けることが多いのに比べ、日本で出会う学界のフェミニストの
方たちは開いた口が塞がらないほどその矛盾を疑問視した
様子もみせないし、あるいは隠そうとしているのかもしれないし、
それを”仕事と私生活を一緒にできる訳ないじゃない”という
矛盾して当然、のような理解や姿勢を感じることが多い。

それを筆者が初めて目の当たりにした時はとっても戸惑った。
批判したいけども教育の文化が違うだけかもしれないし。
そしてそれなりの事情があるのかもしれないし。

北米の学界でフェミニストというとそういった態度や姿勢を
意見のシェアの仕方から見られたりもする。
力関係をなくそうという試みから生徒から教授、教授から生徒へ、
発言の態度などに見える気遣いがある。もちろん尊重を持って。
でも日本での人間関係からくる”上下関係”というのをフェミニズム観念の中で
崩そうとしない限り、態度や姿勢で出せないし恐らく死ぬまで矛盾するだろう。

フェミニズムに何十年、年百時間、何万分と時間をかけて、
エネルギーを費やし、お金ももらい、払い、と活動している人達。
人間、いつ病気になったり、事故にあったりするかわからないもの。
筆者の家族も病気で去年車椅子になっています。
それでも自分をだまし、正当化し、世間をだまし、他人を批判し、
自分自身を受け入れようとせず、矛盾をいつのまにか
”日本文化的であり自然なフェミニズムの構造”
として扱っていることに貢献して
生きていくんでしょうか。
そういった行為に何百時間、エネルギー、お金を払った人、もらった人の
価値はでるんでしょうか。

もっと考えて欲しい。感じて欲しい。
少しづつていい。一人から始まってもいいし、仲間と決意してもいい。
相手がどんなに権力を持っていようが、権威を出し脅して来ようが、
自分の信じる直接の意見をたまには表現してもいいのではないか。

自分の仕事の場が危なくなる?
せっかく決まりそうな仕事もダメになるかも?
~に嫌われてもう仕事が入らなくなるかも?
もう”先生”と呼ばれなくなるかも?

あのね、世界の終わりではないんです。
そういう気持ちになるのはわかるけども
生き方というのを考えながら仕事を続けることは可能だと思う。
人生は自分を主人公にしたドラマである、
と誰かが言ってました。
あなたが主人公。権威や権力を保とうとして
矛盾に貢献することを批判に見たいのなら
それを堂々とすればいい。
あなたの支持者は必ず増えるでしょう。
筆者もまだまだ修行中。
一緒に目的を持ち、見えないところからでもいいから初めてみるのはどうでしょう。
応援します!!!

[PR]
by flowfree | 2005-08-29 18:11 | feminism