アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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カテゴリ:人類学( 6 )

増村保造の「音楽」という三島由紀夫の本を元に作られた映画のレビューをakaboshiさんのブログで読んで重い腰を上げてそうろそろあれに関わる記事を書いてみようか、と思い始めた。あれというのはカゾク間の恋愛の話。それが良い、悪い、ということを話すのが目的ではなく、その行為にまつわる多数の文化的な繋がりを配慮し、カゾク間の愛、というのはどういったことなんだろう、どんな事が関わっているんだろう、と考えてきたことを少しづつでも頭を整理して記録して行きたい、と思った。誤解を与えたくないため説明や例を書き長くなるが自分にはコレを記録することは大事なことであって、読んでくれる方がいたらさらに考えてくれたら嬉しいし、読んでもらえなくても自分の頭が整理できて考えをもっと洗練できたらいいなと思っている。コレに関する観念は色んな視点から話す事ができるが今回はその一部、文化的影響とその違いについて考えたい。

一つの事に対しても文化が違えばものの価値は様々。
牛にしてもある所では神様と見られ(神と行っても拝むような存在とは違って雑に扱ったりすることもあり)、ある所では財産の象徴だったりする。

でも例えばそんな文化にもある社会政治的変化が起き、神、と例えられたリーダーが亡くなり、反リーダーだった新しい権力者が、存在していた
”牛は神”という価値を壊すことにした、としよう。牛は亡くなったリーダーの神的存在を思い起こさせる手助けをする、と思われた。牛はそして動物であり、牛を神とみることは野獣を人間と見ているようなもの。二つを合わせると悪魔の姿のようではないか。それこそ神を野獣と一緒にするのは何事か。そんな論理が続けられ、都会では牛を神と祭るのは禁じられ、危険と見られるようになり、牛を祭る人間を見ると悪魔崇拝と見られたり、頭がおかしい、と思われたり、犯罪者と扱われるようになった。

上の話はたとえ話であり、実際にあったことではない。
だけど文化の価値というのはこういった流れでいとも簡単に人の
価値を変えてしまうことが多くあり、それになかなか気がつけることが
少ないのが現実なのである。そしてこのような流れは社会政治的であるにも関わらず、だからといって”自然”に起きた結果、と思うのも甘いのである。
この”自然”に見せかけた中で計算づくされ、色々な人間が特をしていることもあるだろう。例えば亡くなったリーダーを指示していた人達は神を匂わせるだけで世間に犯罪者や頭がおかしい、などという価値に惑わされ疑われるかもしれない。新しいグループはその価値によってさらに強い権力を持って世間をコントロールできる。そして牛という動物は野蛮だ、と理論づける学者が本を出し、トップセールを記録する。そういった学者が有名になり金を儲け、政治の手伝いをする。

社会文化の中で常にどこかで誰かが物事を利用しようとしている可能性は転がっている。そして今問いたいのは性についての話だ。極論と思われるかもしれないが筆者はそうではないと思う。日頃の生活で目にし耳にし、たくさん疑問に思って暖めて来た観念だ。

男性でも女性でも、筆者は若い頃から良く性の話を興味を持って話しだしていた。結構オープンだったせいか、相手も良く心を開いて話してくれることが多かった。そして良く会うようになったのがキョウダイとされている家族の一員と恋愛関係を持っていた、という人達だ。レイプされた、一時のお遊び、的なことではなく、愛し合っていたようなのだ。彼らは初めはとても話しにくそうにし、もちろんネホリ聞くようなことはしなかった。でも聞くにつれ真剣で、その真剣さにも悩み苦しんだようだった。そしてそういった彼らほど根が優しく、思いやりもあり、情が深く、人間的に”こんないい人でアメリカでやっていけるんだなあ(アメリカ人だから)”と思ってしまう人達だった。

でもこの思いは正しかったようだった。彼らはアメリカではやっていけない人だった、というよりも、やっていけてはいけない人達だったのかもしれない、と今は思う。

彼らには共通していることがあった。それは結局最後には心理科に通わされ、頭がおかしいレッテルを貼られ、ずっとその”crazy"という価値を背負い、受け入れ生きていっていたことだった。”もちろん、キョウダイで愛し合ってはいけないとはわかっていたし申し訳ないとも思う。でもほんとうに。。。(愛していたんだ)”とも言う。全てを語ろうとせず、途中で良く止まってしまう説明。でも彼らの話を聞いていると親の状況などもみてキョウダイというものしかわかちあえない何か大切なものがあったのか、というのが見えて来たような気がした。

ある女性は兄、と。ある男性は妹と。でもこの二人は両方ともHonorという特待生の学生だった。頭もいいし、責任感もある。でもこの過去を持つ事で、これを正当化できずずっと罪を感じ、自分を責め続けるようになっていたようだ。そして彼らの多くははそのキョウダイとは二度と話せない、という状態に近い関係になっている。(自分の関わった本当に少数の人間の話の中でのことですが)

筆者は近親相姦、というのをもっと文化的に考えるきっかけを与えてもらった。
こんな漢字4文字では表現出来ない関係も家族の中での恋愛にあるのではないか、と。
そして文化を出した意味は実は日本からの人間でも家族と恋愛関係を持っていたことのある人間を結構知っていて、アメリカの彼らとは比べならない精神的処理の仕方をしているような気になったのだ。

日本でしっている中には妹が兄に、姉が妹に、親戚から姪に、などあった。でも彼らは一時的に行ったことであり、恋愛とは同じではなく、良い思いでではないがずっと背中に背負って罪を感じ続けているアメリカの彼らほど重く感じていないようだった。そして大きな違いは”Crazy"というレッテルを大きく貼られていない、というところではないか。もちろん日本でもおかしいし許される事ではないが精神的な病気と判断され、そのキョウダイと二度と話せない、とまで罪を感じるというのはどれほどあるのだろう。もちろん、強制的な犯罪の行為の関係ならわかるがそうではないと当人同士がいう関係だ。筆者が知っている日本のこれらの方達は実はしっかりと良い関係を続けている。面白いことに結婚しても良く電話で話したり、冗談を言ったり、それほど仲良くない人達もいるだろうが、アメリカの彼らと比べると状態がほど遠い。

日本でも罪を感じて、色々な反応がもちろんあると思うがアメリカの彼らの犯罪、罪、頭のおかしい、普通の人間ではない、正常ではない、人間以下のような気にさせられ、心理病的に処理をさせられるこの経験というのはなんなのか、と考えさせられた。単に血がつながっているから?子供を作ってはいけないから?
この考えで誰が得をしていっているのだろうか。

保険が高いアメリカでは精神科に通う人間は限られているし、そこでもらう薬というのも高い。医者に通うこと自体が社会のステイタス、というのは60年代ごろから存在しているようだ。そして医者、薬屋、病院、色んな人間が精神病で富を得ているのは承知の事実ではある。たくさんの本も出ているし、心理系の博士号を持つもので金持ちは大学になんか残らず、個人でビジネスとして精神病を扱っている人が圧倒的に多いだろう。大学と製薬業者が提携し、政府も関わりこぞって競争し、国をまたいで薬の利益を広げたり、わざと国内だけの利益に限定するため、ビジネスを広げないようにコントロールしたり。

日本はどうなんだろう。ここ最近カウンセリングやセラピー、鬱病の
トリートメントが普及しだしたようだがこれもここ10年前後の話ではないか。
以前から存在していてのそれこそ精神的な病気、と捉えられること自体がタブーだったのでそう思ってもわざと医者にかからないことのほうが多かったのではないか。

日本では家族の間で血の濃い関係というのは以前からあったようだ。
強制に、無理矢理、ということも含めて(テンノウ制度しかり、従兄弟同士の結婚しかり)。そして父親が嫁と、お手伝いさんと、2号さんと、とたくさん関係を持っている間にいつのまにか血が濃くなっていることもあるようで。
苦しさや辛さから余計にそういった背景を真剣に取らずに
病的にもっていかずに前に進められるよう努力した人達がいて、
アメリカの状況との違いの背景が生まれてきたのかもしれない。

これは筆者がアメリカに住み始めて良く思ったことだった。
いい人に限って重い物を抱えていて、自分はいい人なんかではない、
頭がおかしいんだ、と訴えてくる。そして自分は家族と考えられないような
crazyなことをしてきたんだ、という。
筆者は”みんなCrazyなことをしてるよ。どこをCrazyととるかというのは
人の人生の背景の価値によるし、それがあなたをCrazyにさせてるんじゃなくて
Crazyと呼ぶのが一番手っ取り早い文化に自分達がいる、というのが問題なんだよ。”

ある女性教授と会って、日本の受験勉強の背景で時々母親が
ストレス気味の息子の思春期の性の欲望を助けることがあるのか、という
話になった。良くドラマや映画や話にでてくるアレだ。そういった話から
近親相姦の話に。筆者は”いやあ、実は自分は近親相姦も状況によってはおかしい、と思わなくてもいいんじゃないか、と思ってまして”と言ったら
”エ、実は私もそうなのよ”と話した。その教授とはもう7年ほどの付き合いで先日、”初めて会った時、こんな会話したね、”とこの話を出した。

この女性教授は正直魅力的な女性で強くて、弱くて、自分勝手だが
思いやりがある。かなりプライベートな話も聞いてないのに勝手に
話してくる。人間らしい彼女はとっても魅力的なんだがやっぱり
Crazyなんだ、と良く自分を卑下する。そんなアメリカ人のこの女性
も良く家族の話をする。薬も飲んでいる。家族のことを告白されそうになったが
筆者は黙って聞いていた。話したい時に話せばいいし、話したくなければ
それでいい。

アメリカ人の家族がCrazyなんではないし、
あなた達がCrazyなのでもない。Crazyに価値を置いて、
金儲けにして、病気にして、色々な犯罪の可能性も広げ
人々を”その考えから離れられないようにする”文化を
作ったアメリカが問題なんだ。
考えをやめなければやめないほど人々はもっとCrazy
を大宣伝するし、金も動くんだ。

よく考えて欲しい。自分をおかしい、と思っても
その裏には文化の流れがあり、それで特をしている人間がいることを。
そんなことで他人に利益を与えたいか、と考えて欲しい。
世の中には性のことにしろそうじゃないことにしろ
たくさんの事が勝手に判断され、それに人間の感情が振り回されている。
おかしいのか、偉いのか、美しいのか、痩せているのか、太っているのか、
顔が小さいのか、大きいのか、とにかくあなたの欠点と良い所は
なんなのか、と。別にその価値をやめろというのではなく、
自分達が振り回されている事の自己認識は必要であり、
それに価値を置いているからといって置いてない相手を
卑下して病気化するのが問題。誰かがいつも特をしていて
誰かがいつも辛く苦しんでいる、と。

文化の価値に踊らされて作られた精神のコントロールが
人を狂気にも正常にもさせる気がする。

つまり、やはり利益、権力、権威が正常なものを都合のいいように
狂気と追い詰め自分達の利益に持っていけるのだ。

どこかの大統領がいつもやっていることももちろんその一部。
"正義”という名のしたで悪人を創り上げ、殺戮を重ね、自分があたかも
反義語に値する良識人のように見せて来た。
もうその策略も時効になりそうだが。
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by flowfree | 2005-10-15 21:26 | 人類学

いづれは土に帰る

体長14m程のワニの化石がアマゾンのジャングルで見つかった。頭だけでも1.3mという。巨大ワニの化石発見のニュースを扱ったブログでは写真もあるが。

そんなどでかい生き物が生きていた時に人間が生きられる訳がない。
彼らが住んでいた地球の時代を思うと今自分たちは”生かされている”と
思わずにはいられない。

とってもでかい地球。そして何万年と生きていた恐竜などの生き物。
そして人間はまだまだン年しか生きてないでしょ。

あーだ、こーだ、と一生懸命日々生きてるけど
結局生き物の歴史、自分が存在している背景を考えると
なんともちっぽけな、く~だらない事に悩み、戦っていることか。

まあそんなちっぽけな中で何ができるか、ってことなんだと思いますが。

結局は土に帰るもの同士なんですよね。

それが速いか、遅いか。珍しいものかそうでないか。

あ、そういえば、筆者は多少、珍しいらしいんです。
b0058997_18173722.jpg2,3年前に足首が痛くて、3種類の足専門の医者に
かかり、若い頃の捻挫や骨折だ、と見られて納得してたけど
日本に戻り、家族のついでに医者に”なんともないと思いますけどね~”
と言われながらもレントゲンを撮ったら
”あのですね、人より骨が多いんですよ、足首に。10人に一人位あるようで”
と言われた。
レントゲン写真を見ると、なるほど、しっかり、誰にでもあるように
キレイにはまった骨があった。右足にはないんだけど。

これも”進化”の過程で残っている人間と残っていない人間がいるそうで。
大きく考えると、四足で歩いている動物たちは足首を動かす角度がそれほど
大きくなくてすむ。上半身と二つの前足で支えて前進するから。
それに比べて二足で歩く動物(人間含む)は体が
起こされているまま歩くため、手などの支えもなしで、歩く。
チョコチョコ歩くのが、もっと進化すると大きな幅を歩くようになる。
そうなると結局足首をもっと曲げながら歩くことになる。

この過程で、人間の足首の骨の滑らかさが必要不可欠になり、
足首を固定していたある骨がなくなってきたようです。

一割の人はまだそれがあって。自分の左足首、進化の途中らしい・・・

間違わないで欲しいのが、だからって足首以外も進化の途中、と思わないように・・・
それはヤバイ方向に話いきますから。
とっても差別的で偏見的な。

でもこれ話すと、勘違いして人間の上位つけるかたもいました(結構多い・・・)
インターセックスの話ではないですが、生まれてきたときに、
”余計”だと思われ骨や体の部位を削られたり、なかったようにされる方は
多いんですよ。

耳の形だってそれぞれだし、もっと色々な部分がでていてそれを手術する方。
シッポのようなものがおしりの骨にあり、それを取られた方(知り合いの日系にいます)。
指のようなものが多くあり、それを取った方。(多くあるのを見られたくないため、
いつも包帯をしている方がいました)

逆に”少ない”と見られるかたもいますし。

b0058997_18183675.jpgまあ、とにかく。同じ土に帰る生き物として、何千年後にもし
自分の体が化石となって(ミイラ?)出てきても、
他と同じでつまらな~い・・となると思ったけど
その時は、左足首!どうぞ見て下さい、と
誰かに言いたいのですが・・・

生き物の勉強にどうぞ使って頂きたいー^0^

まあ、この記事のメイン・ポイントは
進化と退化のはざま、ってなんなんでしょう、ということ。
私ら、進化してると思ってるけどそうでもありやせんぜ。
本人の知らないところでとっても退化?してるし(まさに脳も!)
それが生まれつきの時もあるけど生まれた後に自分で退化させている
ところもあるでしょう。
生きてるうちは気持ちが勝負、ならこのどでかい地球で”気の戦い”を
思う存分するのがいいのかもしれない。
進化してるか、退化してるかはその中の価値でしか意味がない。
生きてる年月も限られているなか、土に帰る時は
どっちに転がってたって、同じなんですね。

他の生き物と比較することによって
進化論(evolution) も生きるし、それを社会の動き(物事は進化するべきなどの考え)
に当てはめる人もいる。そして人より上、先、・・・とヒエラルキーが生まれる。

でも自分は土に帰ることを思い出したい。
土に帰る時は進化していようが、退化していようが関係ない。
骨だけになるんですー。
そして自分のユニークさ、は左足首(^^)とわかる人にだけわかる、ってダケ!

ホントは全然違うこと短く書くつもりがまた語ってしまった・・・(--;)
それに土に帰るって言ってもきっと壺、それも流行のロッカー墓だったりして^^;
それは避けたい気も・・・
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by flowfree | 2005-09-04 17:58 | 人類学

お菓子とカミ

これは10元と書いてある台湾の台北のお菓子だと思いますが。

b0058997_1412089.jpg"Lonely God"って。。。
そこのカミさん、寂しいようで。

でも楽しそうにお城飛んでますが。

タイトルにこんなの入れるってことは結構。。。
また研究?ネタ増えそうだワー

この会社 (I Lan Foods Industrial)、北米やオーストラリアに大進出していて
日本でみたことあるお菓子を
かなり多く販売してます(どっちが先かはわかりません)
結構大きな工場を持った会社らしく。
600人の職員、中国に工場移してコスト削減だそう。
これから注目してみます

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by flowfree | 2005-09-01 14:21 | 人類学

休暇の過ごし方

たまの堅くないお話、かな。
みなさんは遠い、飛行機で何時間というところに行くとき
どういうことをして過ごされるのだろうか。
海外で、さらに違う場所の遠いところに行くときは
ある程度の観光ルート、コースが決まりきっていて
それに沿っていく機会が多い。
*美術館
*博物館(写真は昔のヨーロッパトイレ)
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*なんちゃらタワー(エッフェル塔や東京タワーみたいのど~こにもあるんですわ)
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*なんちゃらの城
*なんちゃらの山 (写真は枝のような虫ーどでかい)
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*なんちゃら島
*なんちゃら公園
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*なんちゃら橋
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*なんちゃら古い町(古い面影が残った町で写真は地ビール工房)
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*なんちゃら人種の町(チャイナタウン、ジャパンタウン、リトルイタリー)

そしてショッピング、ですね。
機会が多い、というのは必ずしも自分はそれをやらない。
というかやりたくない事が多かった、(もっと)若いときは。
この5年はまわりに合わせながらなんでも見てみよう、という気持ちも多い。

今回は以前スペインに筆者がちょっといた時に友人になったドイツからの友達と会っていた。
彼女Sは筆者よりも結構年下。
Sが到着するまでは泊めてくれた友人Fと
”ヨガに、エアロビに、大学みて、図書館でウロウロして、クイアの地域ぶらついて、
チャイナタウンで飲茶食って、トランプでもしたり、数人の地元にいる友人とお茶して、
メシ食って・・・”
と、ウチの周りでも出来そうな事をふつーに話していた。
Fがメンバーのジムで無料体験の券もあったのでそれ使いまくろーと。
まあでもSと話してから詳しく決めよーと、他の友人とのアポも作らなかった。

それでS到着。久しぶりの再会に抱擁。照れるがお互い
飛行機や時差で疲れているのでボーとする。
そしてまず予定を決めようとしたらSはすべての観光モノを
したいという事がわかった。彼女とはヨーロッパ各地、彼女の実家、など
色々と旅行をしいる仲。そして観光ルート大好きな人というのは知っていたけど。

まあ、いいや、でもお高い観光(なんちゃらタワーは入るだけで2500円位)
は筆者は参加せず、そして滞在日程もSは長いので別々に行動も。

それで上の筆者がしたかったことでできたのは
*チャイナタウンに行く
(安くて造りのしっかりしたブラを買うー4っつで1300円位!)
*そしてクイアの地域に行く
(レストランでお酒を飲み、週末じゃなくても開いてるところ、ということで
選択視がなく行ってみたら無料で入れ、ゲイも行っても良いレズビアンバー)
*友人とのお茶やメシ
(Sが観光したい、という日にまとめて会った)

まあこれが楽しかった。Sには筆者はクイアという事は実は話してなかったりするのだが
(まあ色々な事情で)
ふつーに楽しく遊び、女同士のイチャツキがあっても驚かずなんのコメントもナシで
楽しく遊んだ。

それで島に行ったがキレイだったし、チャリンコ借りて
猛スピードでSをほったらかして筆者は島一周し、
そこにあるヌード・ビーチにチャリンコで寄り、年配の親父さんたちの裸体に
主に囲まれ一人昼寝をしたり。ちなみに自分は脱ぎません^^

そして博物館の恐竜が可愛く感じたのも新鮮だった。
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なんか走り寄ってくる感じで可愛くないですか?

まあそんな感じで結構忙しく過ごしてきたが。
一応人類学も勉強しているものにとって
色々な文化からくる人達との交流はとても新鮮だし
考えるきっかけを与えてくれる。
まあまたそこらへんについては別の機会に書くことにし
ちょっと観光レポートまで。

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by flowfree | 2005-08-29 02:14 | 人類学

海外コスプレ文化

一昨日、バスを待っていた。そしたら前からゴスロリ(ゴシック・ロリータ)ファッションの日本人らしき女性二人が手を繋いで歩いていた。そしてすれ違い様に振り向く白人達。ほ~とうとうこっちでも見るようになったか。。。不思議に見えるだろうなあ、と思ったものだ。 白い格好は白ロリというらしいb0058997_9495121.jpg

それで思った。結構忘れがちで不思議な海外コスプレとの出会いをちょっと記しておきたい。ここで話すコスプレ文化はアメリカで1966年から始まったもので現在はヨーロッパにまで広がったらしく、組織化されたものとしてはかなり大きく、歴史結構長い。

もうかなり昔、学部生の頃、とある田舎の学生街で筆者と日本人の友人と感謝祭の休日(11月)に夕食を食べに行った。イタリアンのファミレスのような所。この休日はいっぺんに3,4日と休みになる。それだけ大きな休みだからレストランやホテルでは良く特別な夕食プランがあったりする。このレストランも見かけはファミレスだったがまあまあまともなところ。そして店に入ったらドびつくり!なんとフランスのマリー・アントワネットとその仲間たちみたいのがズラーッと10人程で一緒に食事をしている。服もあんな感じ、頭もあんな感じ。太り気味のおじさん達も銀色のくるくる巻き毛の頭だ。まず、自分がおかしなところに来てしまったのか、と疑う。そしてなにか撮影でもしてるのか、と思うが何もまわりにない。ドッキリ番組か、と色々と考えるがまわりはふつーに、無視してそのまま食事をしている。結局、撮影の帰りの人たちだ、と勝手に決めて納得することにした。

時々友達とあれは一体なんだったんだろうねえー。。。と話していたんだがある時人類学クラブに入っていた男の子にチラッと話したら、それはスカっていうんだよ、と教えてくれた。なんと西欧の昔の文化と親しもう、というのでそういったグループが時々集まり、昔やったこと(フェンシングや競争ごと、昔食べたもの)を一緒にしたり、そのときのコスチュームを着てイベントを行ったりする、ということだった。

スカのサイトからSCA(The Society for Creative Anachronism, Inc.) )スカ、というサブ文化のコスプレ軍団の方たちだ。このグループに属する人たちは色々な国に約3万人いるらしい。
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筆者があったのもこんな感じ、あるいはもうちょっとビクトリアン調だったか。もしこんな方達がファミレスでとなりで食べてたらどうしますか。自分は強引に納得したけど。

その頃はコンピューターで調べても写真などもでなかったしあまり見つけられなかった気がする。それに彼らと会ったのはあれが最初で最後だったのだ。あと、西欧で彼らのことをまったく知らない人の方が多い。知る人ぞ知る、というサブカルチャーなのだ。(実際、バークリー大からの人類学友人に聞いたことがあるが知らなかった,と言っていた)

ウィキペディアで調べたら1966年のカリフォルニア、バークリーでアンチ20世紀、という運動が起こったらし(戦争反対、資本主義反対運動の一傾向だと思う。その頃この町、ここの大学はそんなことばっかりやっていた。前にも書いたが例:戦争じゃなく愛を育もう、と公の場でセックスやりまくろう運動、平和に楽しく笑って過ごそう運動でマリファナやりまくろう運動)その時にコンテスト、というものをやり、600年~1650年に流行った遊び、フェンシング、コスチュームなど大勢で楽しんだらしい。それから世界大会などもやり、その当時の格好は西欧だけではなく、中近東から日本の格好まであるらしい。実際、スカサイトにはたくさんのサムライ系のもの(刀など)も売っていた。

まあ、こんな背景もあるからか、アメリカのサイエンス・フィクション番組(日本でもやってると思う)スター・トレックのファンは凄い。マニアが溢れていてコスプレはもちろん、色々と集まり遊ぶ。それもこのファン・マニアはインテリ、金持ち、ユダヤ系が多い、と言われている。教授や院生でもコアなファンはたくさんいる。知っている中でユダヤ系、金持ちインテリは半分くらいかな。一度友達の大家がユダヤ系でこの番組の大ファンで良く番組の脚本を投稿していた。数回使われたことがあったらしいが殆どボツるらしい。(人気ありすぎで投稿している人は何百人以上だろう)

一度ゲイでボディピアスだらけの男性の知り合いがいた。一度は仲良かったが今はもうずっと会っていない人。彼は心優しいところがあったのだが自虐的で危険なH生活をしていてだんだんと会わなくなったのだが、そんな彼もH以外にはまっていたのがスタトレ。部屋には限定のサイン入りスタトレ俳優ポートレートなどかなり持っていた。そうそう、スタトレファンは良く電話やコンピューター環境をスタトレキャラクターで埋めていた。とにかく、聞くところ彼は一時スタトレooo支部のファンクラブ会長だったらしい。そして近所にスポックだか誰かをやってた俳優が一時すんでいたこともあり、良く連絡を取って、スタトレ集会をやっていたらしい。(なんか宗教っぽくなってきたが、ある好きなことをする目的で集まる、集合された文化ですね)

ここ10年ほどは西欧の日本のアニメファンがコスプレ大会を行い、白人の大きな男女がしっかり自分で服を作り、楽しそうに参加している。一度見に行ってみたら女性が体に不思議などでかいフライパン返しみたいのを体にいくつも縛り付けている。あれはなんですか、とまわりに聞いたら高橋留美子のマンガ、らんまにそういったお好み焼き屋のキャラクターがでてくるらしい。マニアック過ぎてわからなかった。

コスプレは日本だけではなく海外でもてっきとした文化でカバーする年代も、参加している方たちの年代も様々だ。ちなみに日本の同人誌の女性文化であるやおい、というのも結構前からアメリカには存在していた。やぱり女性(日本と同じく主に異性性愛者だがたまにレズビアンもいる)が小説やドラマ、映画のキャラクター男性二人を同性愛関係にする物語を表現するのだ。これもスタトレは大人気でスタトレ学会、というものがあるのだがそこではやおい部はどでかいらしい。また機会があったらこっちのやおい文化をもうちょっと書いてみたい。
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by flowfree | 2005-06-29 09:46 | 人類学
先日友人と何時間も日本のカルト的宗教について盛り上がってしまった。というのも友人が話しだしたあるボランティアグループが宗教やright wingと関わりを持っている、という話で筆者があるレストランを思い出したからだ。そこはとてもおいしい自然食品を使ったところでとても安い。しかしそこをある傾向ににてるなあ〜と思っていたらやっぱり端の
ほうに本とビデオを見つけ、やはりそのレストランはある特定の考えを元に作られたもの、という事らしかった。パラパラとその本を見たがある意味日本人が始めたマクロバイオティック(ビオティックと日本では言うらしいが)のようなノリで、精神的な意向、あるいは信仰とも言える背景があり、それを説いている人物に共感し、そのレストランはつくられた、ということ。それを友人に一言良い、こんなことがあったんだよね〜、話している間に検索してみるわーと言っていたらやっとちょろちょろでてきて、しまいには、なんとも感動的に友人が初めに話していたボランティアグループ、右の方達とぴったり繋がってしまったのだ!
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by flowfree | 2005-06-23 06:10 | 人類学