アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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ホモフォビアが蔓延る現代社会、クイアがノンケ/ストレイト(異性愛者)の振りをしないといけない、という時がある。振りまではいなくても、そう思われてた方が楽、というときもある。だけどストレイトの女性をレズビアンに見せないといけない、という状況がなんとでてきた。現在北米でやってる、至上初めてのレズビアン世界を中心にしたドラマL-Wordというのがある。あるトランス(女性から男性:FTM)男性がこれにでる女優に教えなくてはならなくなったらしい。右:後で紹介する記事を書いたIvan b0058997_16463011.jpg

このドラマ、ケーブルでやっていて、知ってる人は見ている、という感じだ。80年代初期ごろに流行った映画”フラッシュダンス”の主人公、ジェニファー・ビールスをメインの一人に使うなど、話題性もあり、それと異性愛者男性のレズビアンファンタジーもうまく利用して視聴率を稼ごう、という意図もあり、きれいなお姉さんを揃え、結構人気が出ている。ドラマも一年以上続いている。しかし、クイア女性の中では笑われる内容も多い。

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例えば、日本の女性カップルではどっちが男役か女役か見た目では区別がつかない場合が結構ある。これは筆者はなかなかいいことだ、と思うのだが(男・女を同姓の中に作っても作らなくてもいいが、決め付けて、作らなければ、というのは良くないと)欧米は実はまだまだ男のような役(ブッチ)女のような役(フェム)という者同士がパートナーになることが主流だ。筆者のようにどっちでも、なんでもいいのでは?なんて感じているのはほんとにマレ。こっちでクイアとして生きるなら、どちらかはっきり決めたほうがいい、とレズビアン教授にアドバイスされた事があるほどだ(それだけ困っているように見られてたのかも。。。?)

とにかく、カップルに男役(ブッチ)女役(フェム)がいて当たり前のクイア女性欧米文化だが、このL-Word, 写真で見ていただければわかると思うがどれもフェムにしか見えない。みんなおんならすい~のだ。お時間のある方、この下の横並び写真の中でだれが男役だと思いますか。この人達がメインでカップルが分かれたり、くっついたり、男に行ったり、戻ったり、を繰り返すんです。どうぞちょっと考えて見て下さい。一番下に答えかくので、何番目、というので答え合わせしましょう(笑)
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このドラマで最初にドッチラケになったのが主人公とも見られる一番右のジェニー役が婚約者の男を追っかけてきたがレズビアン女性に誘われ気持ちが揺れだす、という設定になっているところ。彼女が男と絡んだり、女と絡んだりするところが多すぎるし、声もわざわざせくすい~に低く、ゆっくりとやりすぎて自然じゃない。ジェニーは小説や詩を書くのだがその詩が良くない、とファンサイトで評判?だ。

このドラマを始めるに当たって、実はプロデューサーがレズビアン文化に詳しい人物に、連絡をしてきた。”異性愛者のキャストがレズビアンを演じるのにちょっと色々と教えて欲しいんだけど誰か良い人知らないか、”と。このドラマは初めからQueer as Folksというイギリスでの男性ゲイの生活をドラマ化したのが大成功した事実からでた企画で、そっちがDVDセールが凄かったのもあり、L-WordもDVDでたくさんだす予定になっていた。やっぱりレズビアン文化を全く知らないで始めるのもやばい、と思ったのだろう。

それで連絡を受けたのが始めのIvan氏。彼は映画も作るし、本も書くし、ジャーナリストとしても記事を書いている。かれがそのときの話を記事(これはパート2だが)にしていてそれが面白かった。

それによると、彼は女優をあまり知らないので見たことあるかな、くらいしか感じなく、ただ、女優って痩せすぎだなあ、と感じたらしい。で、そんな爪をしてるレズビアンはいない、とか、歩き方はこうだ、とか話し方なども伝授したらしい。それで質問は?と聞いたら女優が、レズビアン文化の映画、Go Fishを例に出して、あそこではこうなっていたので、こうしたらいいですか(実際の内容は忘れた)、と聞いた。Ivanは、失うものは何もないし、と好き勝手に自分の意見を言っていたのでそのまんま”いや、あの映画はいい加減で、あんなシーン、実際のレズビアン文化では見たことないから”などと話していたらまわりがなぜか冷たい空気。シーンとなったな、と思ったら一人が”いや、プロデューサーの一人があの映画を作った人で、その人が言ってたから。。。”と加えた。初めから言えよ、と思ったけどもう遅かった。彼はその日でクビになったらしい。

その後がまた興味深い。お互い、ちょっとしたことで連絡しあったりしてもなかなかL-Word側の返事が遅かったり、ちょっと面倒だったそうだ。ある意味、嫌な気分で関わりは終わったのだがその後に友人から驚きの電話をもらったそう。なんとIvanという名前の出演者が途中から脇役でドラマにでていたのだ。それもIvanと同じくトランスで。だけど彼が怒って、侮辱され、”これは戦争だ!”と言い放ったのはその役の苗字をAcockとした、というのと髪型をダサくされたから。A cockとすれば、後者がコックという、男性性器の意味でもあり馬鹿にした意味の名詞になるし、髪型は見た目リーゼントだが後ろ髪が腰まで長い、という見たことのない恥ずかしい姿だったのだ(写真探したがなかった)。これを自分への復讐だ、と。そして裁判に持って行きたかったが、相手は金があっても自分はないから記事に書くことで消化することにした(実はこういう状況ではみんなが”ここで見た/聞いたことは他に漏らしません”という書類にサインするのだが、Ivanは急に首になったので相手はそれを忘れたらしく、後から後悔の念を示されたそう)。それで記事を公開した出版社も安心して出したのだ。

こんなエピソードも世間が狭いため入ってきた。一つまた興味深いと思うのはあるブッチ女性教授がこれをみて興奮する、と言っていたこと。気持ちは異性愛男性、なのか(フェムな女性同士の絡みに興奮)。始めのシーズン(今はシーズン2、か3)はドラマの方向性があやふやだった感じに見えたが段々、家族の関係や、養子縁組問題や人種問題をリアルに書いて入れたりしている。これからは面白くなるかも。

また思ったより長くなってしまった。。。なんかクイアものばかり書いている気がするけど今度は短めで他のも書きます。(本当はいくつか書いたのですが長すぎてエネルギー使いすぎて載せられなくなってしまいました)

答え:ブッチはここでは全部で3人で、一番左、真ん中(金色、ジェニファー・ビールス)、そして右から3番目のジージャン。いくつ当たってましたかー
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by flowfree | 2005-06-30 17:37 | queer

カルト宗教と同性愛 2

前回の海外進出カルト宗教:クイアとの関係の続きだが場所は日本。男役(ブッチ、あるいはタチ)のKが彼女Mと同じS信者になった後おなべバーで働いていた。そのきっかけはそこでの先輩おなべの店長がS信者だったから、という話。

この時点でもしかしてそのおなべバー経営がSなのでは、とも思える。Sの企業進出は宗教では日本の一、二を争うだろう。コンビニ、ファストフード、本屋、(この宗教の本部がある東京のある場所にある大きな病院に筆者は去年数ヶ月通ったことがあった。そこで目にしたSワールドはすさまじい。駅に様々な年代の人々が集まるし、その周りの店は全部S色でうまっている)。。。。なんでもござれだ。だからサービス業でお金の入るゲイバーやおなべバーを経営していても全く不思議ではない。

とにかく、筆者がおおー!とS信者の世界の凄さに関心するが当人の友人Kはまったくそっちと連結して取らない。たまたまでしょ、という感じ。だから色々聞きたくても聞けば変に取られると思い、自然に聞けることだけに絞った。そして会話に出てきたS信者の方達の影響。前回書いたように海外でもクイアooo支部があるように、日本でもあちこちでクイア支部があるようだ。友人はA県だった。そこでの話し。

* 定期的にクイア会(名前は違うが忘れた)がある
* そこには男女がいて、おなべさん、オネエ言葉のKがおかま、という人たちも多くいる(あまり詳しく聞けなかった)
* そこで自分のセクシュアリティーや悩みを話す
* Kは自分が浮気心やしっかりしていないことを話した
* そうすると周りの人たちが激しくKを怒る、責める
* Kはこれからはこうする、と約束させられる
* みんな優しくアドバイスをくれる

だけど。。。

* 次の集会でKは約束を守れなかったと報告
* 凄い罵声を浴びる
* Kは土下座させてられ、誤ったらしい
* Kが言うところのおかまさんは激しいらしく、M(Kのパートナー)が可愛そうでしょ!!と怒るらしい
* そしてまたこれからはこうしろ、と約束させられる

ちょっとうろ覚えだがこれか繰り返されるらしい。みんなで悩みなどをシェアする、というのは西欧でも良くあるが物凄く相手を怒って土下座させる、というのは初耳。まあ、相手を思いやってやさしくしましょう、という有り触れた恋愛の気持ちを称えているくらいにしか思えなかったが、KはまだS信者の初心者でもあったのでもしかしてあるSの信じるなかに関係したことをベースにした話し合いや悩みだったのかもしれない。ただ、これにKはかなりビビッていた。怖いんだよ、と。

まあ、でもkがこういったS関連イベントなどに参加したり、お祈りをしているのをMはうれしかったようだ。自分より凄いのやってるんだよー、私なんかまだまだ簡単なのしかやってないのに、などと関心していた。でもKは自分が女である限りMは認めてくれない、というのに悩んでいて、S信者になり、信用を得るというのが二人の同性愛関係にとってもプラスになるという背景があったのだ。

Mは生物学的に女性、という人物と恋愛関係になったのは初めてでしつこくせまったKにあきらめも感じ付き合い始めたのだ。日本を出る直前に知り合ったこともあり、どーせ日本をでるまで、と思っていたら追っかけて来たので、どーせ海外にいる間だけ、となったら一緒に戻って将来のことも計画するようになり、続いていることに本人も驚いていた。だけどこうなっても、将来は子供をアダプト(養子?)しよう、などと話しても、いつになっても自分は異性愛者、と断固と変えなかった。

結構興味深かったのがMの働いていた日系レストランの同僚、上司の反応。みんなにはKとの関係はバレバレ。だからといって、女同士で付き合ってます、なんてカミングアウトは一切ナシ。一つは二人が凄く仲が良く、kはいつも人を楽しませようと努力する優しい子だったりして、周りは細かいことよりも楽しく過ごそう、という気持ちになっていたようだった。あともう一つはMがよく”私は同性愛とかレズじゃないから”と発言していたことからもあるだろう(当事者はこのレズという言葉は使わないー良く使うのがレズビアンとかビアンなどでレズはちょっと偏見の意味合いが日本の歴史・文化的にあるーしかしそういわれるパートナーの気持ちを考えたらどうだろう。。。)。同僚の日本人やそれ以外の人たちにはいつも仲良くkがMを仕事場まで毎日送り迎えしているところ(実は歩いて10分なのに)を見られ、ついでに車のなかでいってらっしゃい、のチューまで見られていたのに、当人のMが、他のクイア日本人女性にも(その頃日本人女性カップル3つと良く一緒に遊んだ)自分のセクシュアリティー大否定を表現するのでそんな話をしてどっちらけになるより、話さないほうがマシ、となる。Mの同僚も一緒に誕生日会などをやるとKが酒に酔って調子にのありみんなの前で冗談振りMの体をわざと派手に触ったり、チューをしたりしていた。ノンケ(異性愛者)の日本人女性たちは笑ってみている。Mも笑って楽しんでいて、Kにされるがまま。Kもさらに調子になり上半身裸になり踊りだす。まわりは大爆笑。まあ、酔っ払いの集まりになるのだがそんなノンケ女子たちもKとMの関係には質問しないし、暗黙の了解だ。

しかし筆者にとってはKの酔ったはしゃぎぶりがちょっと見てて辛いと感じるときもあった。あんなに公に、まわりも認めてくれているようなのに、MがKとの関係のなかで女は好きじゃない、私は異性愛者だから、と言い続けるため、Kは自分が男だったら、とか結婚できてもMが欲しい子供ができない、などとかなりのわだかまりがつのっていたからだ。これはほんとーに、報われない愛情、という状況だった。どんなに愛を示しても、それで生活はラブラブでも、真剣な話をするとMに、私は男が好きだし、と言われ。。。さっさと分かれたほうがお互いにいいのでは?と実は思っていた。それでS宗教もこんな二人の状況にうまくはまった。男にはなれないし、男とも認められないけどSの信仰を極めることでMから尊敬され、認められるということが可能だったからだろう。KはSの信者になることにより、Mは自分を認めてくれる、とも頑張っていたのも事実だったので見ていてなんとも心苦しいものがあった。お互いの両親にも認められていて、Mの家族、姉妹と一緒に旅行もかなりしていた。(長女Mが二人の妹とその恋人達にはKはGIDと説明し、彼氏達にも理解を得ていた)

筆者は二人とは背景も興味も趣味も違うけれどお互い思いやりをなるたけもつ所は似ていたし向こうもそういった所で繋がりを持てたので年代も違ってけどとても好きだった。手伝いを惜しまないこたちだったし、楽しむ時は楽しもう、というところ。Kはお調子者という、ちょっと危なっかしいところがあったが。そんな二人が日本に戻ってもまたこっちに遊びに来たりして連絡を取っていたが結局Kが浮気、Mが結婚したがり、終わってしまった。去年Mは結婚して、Kも祝福してくれ、新婚旅行のサイパンかどこかにもカメラマンとして参加。だけどKはお金を借りたまま連絡がなくなってきたらしい。

やっぱりまだまだ同性愛は不毛ですね、複雑です。でも結局は宗教のチカラもここではかなわなかったようだ。だけどMのホモフォビアがなければ、もうちょっと続いたのでは?というか、Mがカウンセリングを受けるべきだったと思うのだが。しかし本人がどうにかしたい、と思わない限りこれはどうにもできないものと実感した気がする。まあ、海外で関わった同性愛と宗教の話の一幕でした。

次回はカルト宗教の日本個人店潰し状況をちらっと書こうと思う。
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by flowfree | 2005-06-29 11:30 | 信じる人達

海外コスプレ文化

一昨日、バスを待っていた。そしたら前からゴスロリ(ゴシック・ロリータ)ファッションの日本人らしき女性二人が手を繋いで歩いていた。そしてすれ違い様に振り向く白人達。ほ~とうとうこっちでも見るようになったか。。。不思議に見えるだろうなあ、と思ったものだ。 白い格好は白ロリというらしいb0058997_9495121.jpg

それで思った。結構忘れがちで不思議な海外コスプレとの出会いをちょっと記しておきたい。ここで話すコスプレ文化はアメリカで1966年から始まったもので現在はヨーロッパにまで広がったらしく、組織化されたものとしてはかなり大きく、歴史結構長い。

もうかなり昔、学部生の頃、とある田舎の学生街で筆者と日本人の友人と感謝祭の休日(11月)に夕食を食べに行った。イタリアンのファミレスのような所。この休日はいっぺんに3,4日と休みになる。それだけ大きな休みだからレストランやホテルでは良く特別な夕食プランがあったりする。このレストランも見かけはファミレスだったがまあまあまともなところ。そして店に入ったらドびつくり!なんとフランスのマリー・アントワネットとその仲間たちみたいのがズラーッと10人程で一緒に食事をしている。服もあんな感じ、頭もあんな感じ。太り気味のおじさん達も銀色のくるくる巻き毛の頭だ。まず、自分がおかしなところに来てしまったのか、と疑う。そしてなにか撮影でもしてるのか、と思うが何もまわりにない。ドッキリ番組か、と色々と考えるがまわりはふつーに、無視してそのまま食事をしている。結局、撮影の帰りの人たちだ、と勝手に決めて納得することにした。

時々友達とあれは一体なんだったんだろうねえー。。。と話していたんだがある時人類学クラブに入っていた男の子にチラッと話したら、それはスカっていうんだよ、と教えてくれた。なんと西欧の昔の文化と親しもう、というのでそういったグループが時々集まり、昔やったこと(フェンシングや競争ごと、昔食べたもの)を一緒にしたり、そのときのコスチュームを着てイベントを行ったりする、ということだった。

スカのサイトからSCA(The Society for Creative Anachronism, Inc.) )スカ、というサブ文化のコスプレ軍団の方たちだ。このグループに属する人たちは色々な国に約3万人いるらしい。
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筆者があったのもこんな感じ、あるいはもうちょっとビクトリアン調だったか。もしこんな方達がファミレスでとなりで食べてたらどうしますか。自分は強引に納得したけど。

その頃はコンピューターで調べても写真などもでなかったしあまり見つけられなかった気がする。それに彼らと会ったのはあれが最初で最後だったのだ。あと、西欧で彼らのことをまったく知らない人の方が多い。知る人ぞ知る、というサブカルチャーなのだ。(実際、バークリー大からの人類学友人に聞いたことがあるが知らなかった,と言っていた)

ウィキペディアで調べたら1966年のカリフォルニア、バークリーでアンチ20世紀、という運動が起こったらし(戦争反対、資本主義反対運動の一傾向だと思う。その頃この町、ここの大学はそんなことばっかりやっていた。前にも書いたが例:戦争じゃなく愛を育もう、と公の場でセックスやりまくろう運動、平和に楽しく笑って過ごそう運動でマリファナやりまくろう運動)その時にコンテスト、というものをやり、600年~1650年に流行った遊び、フェンシング、コスチュームなど大勢で楽しんだらしい。それから世界大会などもやり、その当時の格好は西欧だけではなく、中近東から日本の格好まであるらしい。実際、スカサイトにはたくさんのサムライ系のもの(刀など)も売っていた。

まあ、こんな背景もあるからか、アメリカのサイエンス・フィクション番組(日本でもやってると思う)スター・トレックのファンは凄い。マニアが溢れていてコスプレはもちろん、色々と集まり遊ぶ。それもこのファン・マニアはインテリ、金持ち、ユダヤ系が多い、と言われている。教授や院生でもコアなファンはたくさんいる。知っている中でユダヤ系、金持ちインテリは半分くらいかな。一度友達の大家がユダヤ系でこの番組の大ファンで良く番組の脚本を投稿していた。数回使われたことがあったらしいが殆どボツるらしい。(人気ありすぎで投稿している人は何百人以上だろう)

一度ゲイでボディピアスだらけの男性の知り合いがいた。一度は仲良かったが今はもうずっと会っていない人。彼は心優しいところがあったのだが自虐的で危険なH生活をしていてだんだんと会わなくなったのだが、そんな彼もH以外にはまっていたのがスタトレ。部屋には限定のサイン入りスタトレ俳優ポートレートなどかなり持っていた。そうそう、スタトレファンは良く電話やコンピューター環境をスタトレキャラクターで埋めていた。とにかく、聞くところ彼は一時スタトレooo支部のファンクラブ会長だったらしい。そして近所にスポックだか誰かをやってた俳優が一時すんでいたこともあり、良く連絡を取って、スタトレ集会をやっていたらしい。(なんか宗教っぽくなってきたが、ある好きなことをする目的で集まる、集合された文化ですね)

ここ10年ほどは西欧の日本のアニメファンがコスプレ大会を行い、白人の大きな男女がしっかり自分で服を作り、楽しそうに参加している。一度見に行ってみたら女性が体に不思議などでかいフライパン返しみたいのを体にいくつも縛り付けている。あれはなんですか、とまわりに聞いたら高橋留美子のマンガ、らんまにそういったお好み焼き屋のキャラクターがでてくるらしい。マニアック過ぎてわからなかった。

コスプレは日本だけではなく海外でもてっきとした文化でカバーする年代も、参加している方たちの年代も様々だ。ちなみに日本の同人誌の女性文化であるやおい、というのも結構前からアメリカには存在していた。やぱり女性(日本と同じく主に異性性愛者だがたまにレズビアンもいる)が小説やドラマ、映画のキャラクター男性二人を同性愛関係にする物語を表現するのだ。これもスタトレは大人気でスタトレ学会、というものがあるのだがそこではやおい部はどでかいらしい。また機会があったらこっちのやおい文化をもうちょっと書いてみたい。
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by flowfree | 2005-06-29 09:46 | 人類学


カルトの海外進出について知ってる人(それらの関係者)には”あったりまえじゃないの、海外のほうがどでかいし、目立つし、金も稼いでるのよ”なんて思われているかも。実際、日本でごちゃごちゃと、ちまちまと活動しているカルト宗教はかなりの数になると思われる。でも目立つのは特定され、なかなか目立っているモノ以外を見ることは難しいのではないか。それだけに人口も少なく世間も狭い海外日系社会にカルト宗教がそれぞれ進出すればよけいに目立ち、結構堂々としているし、目に良く入る。ここでは以前から面白いと思っていた日本のカルト宗教と海外の関係について語ってみたい。カルト宗教は狭い日系社会で人を繋げるある意味重要な役割もあり、異性愛以外のクイア人間も結びつけたりもする。そして日系人には必要不可欠な日本食材店などを数々とオープンさせ、人のためになっているようにも見える。しかしそのやり方にも疑問が残り、広い地帯をまたぎ個人経営の店が次々と潰され、カルト宗教店侵略・拡張状態が現実。カルト宗教が日系社会・文化の多大な影響、独占を海外でしているうちの一部をここでシェアしたい。

まずクイア関連の話からしたい。結構奥が深い、と感じたことだ。自分が仲良くなった日本から来た女性のカップルがいた。女の子、って感じの可愛らしいMが仕事にこっちに来た時に地元のA県で付き合い始めたばかりのKが追いかけてきたのだ。Kもきれいな顔をしてるんだが格好は誰がみても男、だった。もう小さい頃から女の子が好きだったけど中学の時はどうしても付き合ってくれ、と言われたヤンキー兄ちゃんのクラスメイトとしょうがなく電話をたまにするくらい、のお付き合いもしたことがあったらしい。まあ、しかし女性とずっと付き合っていて、実際短大を中退した後は彼女と”結婚”をして、二人で店を持ったりもしていた。Kは英語ではトランス、と思えるのだがちょうど日本で性同一性障害(GID)が話題になったこともあり、それとこういうと日本人でホモフォビアの人はまず理解を示す可能性がでてくる、というのでそういった人たちにはGIDと言っていた。しかしクイア女性だけのソフトボールチームに入った後に、チームメートに”Kは自分ではどう呼ばれたいの?彼でいいの、それとも彼女のがいいの(he or she)?”と聞かれたら、えっ、今まで考えたことなかったし、いきなり彼、って言われても色々と困るし(他の日本人に会ったときなど)、とまごまごしていたら彼女のMが、どっちでもいいんだよね?、と言って、そうそう、どっちでもいいか!と話して笑ったことがあった。

まあ、とにかく、二人はかなり親密な関係になり、将来のことを良く話すようになった。移住する、などと。そしてお互いの家を筆者も行ったりきたりしていて、Mの写真を見てて、アレ?と思ってしまった。なんか団体でイベントなどに参加した写真が多い。そして海外になぜか研修旅行などにも行っている。そして思わず、Mはもしかして、S(宗教の名前)?と聞いたら、えー一緒なのお~?、と言われ、あ、違うけど友達結構いたりしたよ、という話になった。そして、MとKに前に紹介して一緒にカラオケに行ったゲイの日本人男の子の友達がいたのだがその子が実はバリバリのS信者で、Sの同性愛グループを仕切ってたので、”そうそう、あのこもそうだよ、そんでこっちのクイア集会やってるから興味あったら言ってみたら?”と話した。KはMが信者なので自分も入るつもりなんだ、と話していた。だけどMは女性と付き合っている、というのを他のS信者の人達に知られたくないのでクイアグループには興味ないし、その彼がいる集会には行きたくない、といい始めた(彼と知り合い、ということがばれると彼がゲイ、というのをS信者に公にしているため、自分も疑われる、と思っている)。

実はその熱心な信者のI君は海外にいるのにもう部屋中Sだらけ、というほど気合が入っている。なんか祭壇、教祖のポートレートなんかもあり、半端じゃない。(それが理由なんだと思うけど長年付き合っている白人パートナーと、なぜか同じアパートの同じ階に住んでいるが一緒には住まない。)彼は他人種で集まったクイアS集会ooo支部(海外の土地の名前)を定期的に行っていて、筆者も実は誘われたことがあったのだが(なぜかいつもは電話で話すのにお誘いはメールだった)、人類学的にはすんごく行きたかったんだが、後々のことを考え結局丁寧に断った。今でもちょっと行ってみたいのだが(そのクイアの集会だけ)。そしてMは家族で役員をしているほどの信者。それになにより二人とも同性愛の関係を持っているのに、Mは自分の中にあるホモフォビアが理由で会いたくないし、話したくない、と言うのだった。まあ、逆に話したら色々と楽に?なることもあるんじゃないかなあ、と思ったが断固としてMは変わらず。ただ、KはMから色々とSの宗教の話を聞き、練習し始めたようだった。そして後にKとMは地元に戻り、Kは熱心にSの勉強を続け、Mよりも上のレベルのお祈り?などもするようになったらしい。

そして、仕事は何してるの?と聞いたらおなべバーで新人として辛い、苦しい日々を過ごしてるんだ、っていう。Kは以前もサービス業で働いていたため、良く冗談で、日本に帰ったらおなべバーだね、なんて言ってたのが本当になったとしてビックリしたし笑ってたのだが、とにかく新人はやっていかない、という話。でもKは日本の生活ではいつも女性と付き合ってはいたけどレズビアン、と自分で思っていなかった事もあり、異性愛以外の文化を全く知らなかった。どうやってそのおなべバーの仕事とったの?と聞いたら、なんと、S宗教の先輩の紹介だ、という。S信者である先輩がそのお店の店長だったのだ。

つづく。。。
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by flowfree | 2005-06-27 20:05 | 信じる人達

キャリアと活動の線

凄く幸運だと感じる。学生生活最後の指導教官に自分と同様、いやそれ以上に権威主義批判を仕事、学業、私生活を通じて長年行っている人物を付ける事ができたのだ。実は国を超えてその指導教官の下で働きたい人間は多いのだが筆者はそんなことは全く知らず、どうしようか悩んでいた。その大学の学部には友人の教員が実はいたのだが、そのHとはクイア(Q)・ゴシップに集い、映画研究関連で会ってはいたが親密というほどではなく、大学・学部の話になると逆にどこまで聞いて、話して、相談していいのかお互い微妙な雰囲気になるのだ。一応なるたけ将来のことも考え、筆者の活動家的な背景も知っているHに話してはいたのだが、実際に指導教官の名前を出したてくれたのは他のQゴシップに集う仲間のRだった。RはHと同じ大学、学部の院生だったがそれは数年前のことでHとも筆者の指導教官ともあまり面識がなかった。しかし名前だけはどこかで聞いたことがあったようで”この人は?同じHIV/AIDS関連の仕事してた人でしょ”と教えてくれたのであった。その場所にHもいたのだがなぜか教えてくれなかった。。。

とにかく、筆者は以前HIV/AIDSの教育関連の活動をしていた繋がりで指導教官と会えた。実際の大学の研究は全く違うものだったが(苦笑)経済的な面とアドバイスなどのサポートは惜しまないし責任をとるから、と言ってくれた。自分には涙がでる言葉だった。以前は、というか現在も度々他人を脅かすオーラを出しているのか、白人、多人種の教員たちと話せば長い辛い日々をすごしてきたし、くやし涙を学部のトイレでなんど流したことか。しかしそんなこともこの指導教官と出会えた事で全て意味があったような気にもなる。指導教官はところで白人の女性、そしてQ人間だ。

ある意味仕事というのもアシスタントなどの学生を研究に手伝わせるというものがあり、それも雇う側によってはとんでもなく、学生のアイデアは自分のアイデア、という研究泥棒は当たり前と勘違いしている教授が外国でも日本でもいる。まあ、どこまでが教授に教わったもので、どこまでが自分個人のもの、と線を引くのは簡単ではないがそういう話し合いも時には感情的にならず平和的に初めの頃に話すのも信頼感を築く一つのコミュニケーションだろう。

そして筆者の指導教官は一定の地域のいくつかの研究の責任者であり、筆者の活動に関連する仕事を町、州、国レベルで企画しており、まあその度に上の許可を申し出、成功したものを将来に繋げるよう働いている。そのために結果も上が望むよう提出しなければならず研究所もあり、コンピューター係、統計係、申込書係、インタビュー係、などなど色々な人間がいるのだが筆者は町のコミュニティーとの繋がりや企画、などに関わることになった。これは自分が長年やっていたことでもあり、常に日頃からのコミュニケーションが大切というのを知っているのでこういった場にお金が行き、政府も学んで欲しい、とも常に感じておりかなりうれしかった。
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しかしこういう仕事は大学の研究とは別にする、というのが基本だった。英語でいうconflict of interestsというものである。例えば、一つ明確に思い出せるのは日本のタレント、G.ミュージシャンでもある、中年の男性だが近年は悪名高き、国民の金でテレビ局を運営していて犯罪を犯したプロデューサーが数々いる日本のテレビ局でそのGは子供向けの歌と料理を融合した番組を持っている。そのGはラジオで、料理人として授かった仕事の一部の最近お勧めの食べどころを紹介、というコーナーでなんと自分がオーナーの焼き鳥やを紹介。それも自分と店の関係は全くいわない。それをあたかも町で人気の口コミでうまいレストラン、と、自身の重要な関連する地位・位置を一言も言わず。もしかしてオーナーとは世間には名乗っていないのかもしれないが筆者の地元にあるその焼き鳥屋、近所では有名でそのGは挨拶にまで来たのである。公共の電波で、お金をもらっている仕事で、自分のキャリアや社会的地位、金銭的上昇に繋がる宣伝はやり方によっては問題なのである。特に仕事の目的、とキャリアの目的が別であったものが、いつのまにか全てキャリア、自分だけの目的になってしまうことがあるので、それは、こちらでも良識ある人物の間ではタブーなのである。向かう先、目標がかなり変化していくように。

特にコミュニティーレベルの仕事をキャリアにするとなるとかなりの矛盾が哲学的にもモラル上、教育上にでるのは間違いないだろう。筆者が仕事をしたしたのはあるグループの人物をインタビューなどができるように訓練する、というもの。そのグループにいる人物は約10人で以下の条件を持つものだった。

*ある特定の地域の路上生活者
*HIVウイルスを持っている
*注射を使った薬物を使用している、あるいは使用していた
*監獄に入ったり出たり、の生活

もちろん、これらに当てはまって、訓練が可能だ、と思われる人物にだけアプローチを日頃から関わっている組織の人たちにしていただき、集めてもらったのだ。
彼らは頭もしっかりとしているため、そういった状況になぜ陥るか、どうしたら繰り返さないで済むのか、とこちら側も学び、先につなげるための試行錯誤のプロジェクトだった。
驚かれるかもしれないが実際彼らは機転が凄く利く。一つはインタビュー慣れをしているからだ。政府が彼らのような人物に困り果てているため、色々な研究者・組織に金をばらまき、いなくなる術を探している。そのため数えられないくらいの人物がしょっちゅう彼らと話し、様子をみて、インタビューをする。彼らもその事実がわかっているため、色々と知恵をだしてくるし、インタビュアーが使う研究用語なでもばしばし会話にでてくるのだ。

とにかく、彼らを自分のキャリアに利用しよう、とする学者、研究者はもちろん、政治家も死ぬほど出てきて映画にもなったりしたのだ。そんな背景でたくさんのconflict of interestの果てを見てきた。結局当事者彼らのため、町のためにはほとんどなにもならず、逆に彼らのために、と動いたある政治家は結局他の政治家に脅かされ辞めさせられたということもあった。
ということもあり、自分の仕事と活動を一緒にするとろくでもないことにもなる、といういい例だ。

ということでこの仕事は筆者の学業の研究内容には関係ないものとなった。しかしこれをきっかけに現在も仕事が終わってもボランティアで参加したりしている。このプロジェクトのことはまたいつか書こうと思う。
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by flowfree | 2005-06-25 17:55 | アクティビズム
先日友人と何時間も日本のカルト的宗教について盛り上がってしまった。というのも友人が話しだしたあるボランティアグループが宗教やright wingと関わりを持っている、という話で筆者があるレストランを思い出したからだ。そこはとてもおいしい自然食品を使ったところでとても安い。しかしそこをある傾向ににてるなあ〜と思っていたらやっぱり端の
ほうに本とビデオを見つけ、やはりそのレストランはある特定の考えを元に作られたもの、という事らしかった。パラパラとその本を見たがある意味日本人が始めたマクロバイオティック(ビオティックと日本では言うらしいが)のようなノリで、精神的な意向、あるいは信仰とも言える背景があり、それを説いている人物に共感し、そのレストランはつくられた、ということ。それを友人に一言良い、こんなことがあったんだよね〜、話している間に検索してみるわーと言っていたらやっとちょろちょろでてきて、しまいには、なんとも感動的に友人が初めに話していたボランティアグループ、右の方達とぴったり繋がってしまったのだ!
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by flowfree | 2005-06-23 06:10 | 人類学
前回書いたように大学ではいわゆる”不祥事”がおきても、それを起こした人物、学部、大学の影響によっては他の場所に飛ばされる、ということ以外は何もなかったように、あるいは以前よりも社会地位的に、金銭的にレベルがあがったりするようだ。それと全く同じ状況というのは以前権威モンスターとなった江戸研究をしている白人教授という記事にして書いた。ここではその事実と聞き比べる事によりもうひとつの違う場所で起きている事実の組織的・構造的類似性を指摘し、これらは一つの国境も超えた、ooアカデミズム・教育制度の実態をお伝えする。

とはいうものの、あまり力を入れ過ぎるといつまで経っても終わらず、疲れて長引き、そして記憶も曖昧になってしまう恐れがあるのでまたまたアウトライン式にちょこちょこメインポイントを記してみよう。

状況は。。。
*白人おっさん
*あるアジア系研究の著名人(有名という意味も入れて)
*超有名私立大学学部の学長
*他の大学の大学院を卒業したアジア系女性が面接に来た、その夜に他の教授と共に夕食をした後、車でその女性に”うちに寄らないか、おいしいコーヒーがあるんだよ”と誘う。”疲れたから今日は。。。”と断ると、あそ、とそのまま車で去っていた
*実はその場所は犯罪が少なくない所で有名な町のど真ん中。そこに初めて来た、アジア系女性を夜中に置き去り(それも雨で台風が来ていた)。幸い何も起きなかったがその女性は道に迷い一人でウロウロと多少歩き回る羽目になった。
*その女性は数日後自分の指導教官に”こんなことがあったのですが。。。これはセクハラになった事だったんでしょうか”と聞くと”まあそこまでのことじゃないでしょう”のような返事であまり大きく取ることはない、ということだった。
*後にその女性、面接がうまくいったようでそこの大学に行く。
*そこでその学長宅の学部パーティーに参加。
*その他の教授も一緒に飲み、食べ、楽しんだ後、遅い時間になったので教授らは先に帰る。
*生徒(主に大学院生)が帰ろうとすると”おいしいコーヒーがあるんだよ”などと言い、残ってくれるようコメント。
*そして発覚したのがその学長、なぜかアジア系女性ばかり左右に座らせお酒片手に膝を太ももをスリスリと触りまくっている。
*そんな光景はあくまでも常識ではなく、筆者も何十回とそんな場には行っているが教授が公の場で生徒にそういう場所をすりすり触るのは見たことがない!というか見たらかなり問題視されるしh。。。とにかく考えられない。
*それを目にした他の学生らは目を見合わせ、”これは一体なに??”と目配せ。触られている生徒はその学長に指導されている生徒でもあるらしく、自分の立場上何も言えないのか、という疑問がよぎる。
*そしてそんな異常な光景について後に話し発覚。その学長、同じ国でまたさらに超有名私立大学で似たような地位にいたが、セクハラで飛ばされてきた、という事だった。
*そして現在は白人女性の彼女がいるがその彼女もこの男のコネで同じ大学で教員の仕事を取ったということ。


以上のポイントでさらに加えると、このおっさんのいる・いた大学は両方とも私立だが一つは由緒ある、歴史のある、という権威で名が知れ、なかなか学生も入りにくく、競争が激しい。
もう一つは学業の先端を行く、というイメージで理論などでは群を抜いて有名な教授がでるし、そういった著書を出版することでも知られ、こういうところの権威が強い。両方とも授業料はべらぼうに高い。

そしてまたここで興味深いのがその学部のほかの教授もその学長のセクハラ過去はもちろん知っているし、そのセクハラ癖も見ているようなのだ。研究範囲の世間の狭さからいってばれるのは実は当たり前で筆者が前回書いた記事で説明した通りだ。しかしこの場合で問題なのはそういった事をしっている教授立ち(フェミニストも含む)がアジア系学生が面接に来、夜に食事をした後に二人きりにして車で送らせるのを黙ってみているところだ。当然、学長がセクハラの当人だと地位的に脅かされている立場ではあり、色々なことがいいにくいのはわかる。しかし、他の人間が送る,と名乗りでたり、ちょっと話したいことがある、とか聞きたい事があるから、などと言ってセクハラ中毒者から妨げる、ということも可能なのではないか。そこまでやってみてもだめだった、などというところが見えてもいいのでは、と思うのだが。

前回のセクハラ白人教授とこの二つのケースを見ているだけで見えることが多くあると筆者は思う。一つのケースは私立から公立、もう一つは私立から私立、という違いはあるが、両方とも以前は南の方角の大学で後に北の方角の大学、とかなり離れた距離に移っている。二人の教授の(セクハラ前後の)社会的地位や、研究的著名さ、移る前と後の大学内の地位、というのは酷似している。そして教授の強さというのは大学の名前、というものよりも学部内や研究範囲内の政治の中ででてくるものなので学部絡みでこれらの仕組みができている可能性が高い。もちろん、似たような私立の権威的大学に移っている人物もいるのだがもう一人は有名だが一番、というようなところではない場所に、国境を越えて移っていたりする。しかしまわりの教授のタイプは以前の大学と変わらない質を持った学部であることも視野にいれるとやはり学部的な色で物事が決められるという事が重んじされているように見える。

つまり、学部・研究の政治でコネや名が知れていて、権威、力があるものと商談?がうまくいけばいとも簡単にセクハラ・不祥事などなかったように、あるいは結果的には表面的な部分といってももみ消されたように、同じようなセクハラ三昧の生活を続けることが余儀なくされるようだ。これは日本も外国も、汚い政治家だけがやることではないのだ。不祥事もみ消し、というのはあらゆる場であらゆるレベルで日々行われていて、いつ自分や友人がその犠牲になり、まわりの人間が知っていても助けてくれないだけではなく、黙って無視され、防ごう、なんて観念はもってのほか。本人たち・周りの人間が影響を受け、それこそ地位が脅かされるのである。

ここで一番悪いと問われるのは誰か、。。結局無知で、おいしいであろう、あまり飲んだ事がないooo製のコーヒー、飲んでみたい、なんて思ってしまい誘いに付いていく当人が悪い、ということになるのだ。ナイーブな、何も知らなかったかわいそうな外国人、ということは全くもって好都合な相手だったりして、詐欺や犯罪に良く巻き込まれるが、そんな状況を見ていた人物がいても警察に言いにいかないことが多々あるように、大学で妨げられるようなセクハラ事件も、何十年とエリート教育を受け、与え続けている現役大教授さえ見ていても一言も言わず、見て見ぬ振りをする。

こんな非情な状況、良く日本でも聞く。田舎だから、と言われたり、若い人は、と言われたり、逆に都会だから、と言われたりする。しかし海外でも毎日起きているのだ。相手が教授だろうが、人権者だろうが、フェミニストだろうが、知っていてもそのまま、行動を起こすことを考えるどころか自分に迷惑がかからないよう行動を抑えようと必死だったりする。一体、教育とは、理論とは、理念とは、哲学とはなんなのだろう。権威主義、というものが蔓延る(はびこる)文化を壊すには一人一人が意識を持ち、できれば一緒に立ち上がりどんなレベルでもいいから協力を示すのが一歩だと感じる。
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by flowfree | 2005-06-22 14:01 | 権力社会というもの
今日はとっても久しぶりの集まりに参加した。あるグループに直接に関連している連中約15人が年に一度集まりブランチをする、というもの。筆者も一人一人当てられた食べ物の中でマフィンやスモークサーモン・クリームチーズなどをどっさり買い込み参加。そして開かれる場所はうち一人が買って住んでいるコンドの一階にあるみんなの部屋、みたいなところ。しかしこの場所は港の真横で小さいながらも上流階級連中の住むところ。犬の散歩をしている人たちの格好も高そうだし、犬もグッチやルイビトンの首輪をつけている。そして来るときに警察が多いと思ったら映画かドラマの撮影の警備をしていた。 そんな金持ちが集まるところのコンドミニアムに住むLは教育関係の仕事をしていてそれでお金持ち、というわけでもないと思うが(多分もともと裕福な家の人なのだろう、そうじゃないとあそこのコンドは買えない)気持ちにも余裕がある感じの人物でいつもやさしいが普段よりなんかのりが明るい。そして気がついた、あ、アレ吸ってるのね、と。

それで今回はこの日本では麻薬、などと言われている葉っぱのアレについて書いてみよう。
日本ではもちろん犯罪だし、これを持っていたり吸っていたり、ということでキャリア、社会的地位を脅かされることは当然だろう。覚せい剤とは種類も材料も、反応も作られ方も違うがにほんでは犯罪として扱われるのは同じ、あるいは似ているのだろうか。日本で戦争中にヒロポンという名で覚せい剤が軍隊のエネルギー源というして配られた事実と、簡単に薬局で一般庶民も手に入れられれたことを考えるとアレとそれほど違う扱われがされているとは考えにくいが、まあ、どうなのだろう。

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しかし明らかに外国ではオランダのようにアレが違反ではない例もあり(アレを吸ったり、お茶にして飲んだり、サンドイッチにして食べたりするカフェがオランダにはたくさんあり、そんなところで目を充血させてへらへら顔をしてはそういったカフェをハシゴする日本人輩を筆者はどれだけみたか)、あるいは持っていても違反ではないが吸うのは違反、健康維持のためにはいいけどもそれ以外の理由は違反、など国、州などにもちょっとづつ違ったりする。北米では60・70年代に戦争反対、アンチニクソン、アンチ右より、平和思考、戦争よりも愛を、などとのスローガンを掲げて活動する学生、インテリ、政治家、芸術家などなどが溢れ(実際学部の時に社会学の教授はそこの大学の卒業生で”私が学部生の時はそこの芝生の上でXXをよくしたものだわ”と話していた)。まあ、欲望もそうだが、政治的メッセージ・ステートメントだったのだ。
そんな中でアレは平和的思考に持っていける役割のひとつとして使われた。そのころ作られたこういった時代のテーマが入っているドキュメンタリーや映画の中で裸でタバコを吸っている人たちがいるが、その表情であ、あれはタバコじゃなくて、アッチか、というのがこちらに住んでいる人にはすぐわかったりする。

まあ、小学校からこういったものを経験する人は多い。最近もそう予測されるが(特に一世や二世でなければ)とくにいま30代の人間たちは両親がそういったタバコを現在もよく吸っていたりするのだから。それに健康のことを考えるとニコチンが酷いタバコよりもアッチのほうが体に害はない、というのがみんなが言うことだ。でも子供はまだだめよ、という大人がほとんどで、そいういいながら両親だけは一緒に仲良く吸っている、という、子供が両親がお酒を飲んでいるけど自分はまだ飲めない、という状況に似ていると思う光景がよくある。

もちろん学校に持っていきバレると問題だが、中高校生になると日本でトイレでタバコをすう男子・女子がでてくるようにこちらもそういうのがある。外、とかで(アッチは匂いが特殊なのですぐわかる)。そして目が充血するため、サングラスをかけて授業に出てくると、あ、吸ってるな、というのが一目瞭然なのである。いけないことをやりたての生徒はこういうばればれのことをやる。

そういえば、筆者は外国のある、最近留学しに来た日本人ばかりのクラスに呼ばれ、話をしたことがあった。緊張したがある生徒はとてもフレンドリーに質問してくれたり、話を聞いたり、クラスメイトのムードメーカーのようにみんな、この人一生懸命はなしてるんだから(苦笑)ちょっと聞いてみようよ、と言ってくれた子がいた。しかしやっぱりサングラスかけてた(苦笑)そしてその子と仲良くしているほかの生徒も一緒にサングラスをかけてオドオドしていたり、楽しそうにしていたり。ばればれもいいところだ。しかし、先生も、私たちも、ま、そういった時期はあるからね、とだまっているのだ。

b0058997_16123291.jpgそのうち、ソレがどんなときに使ったらいいのか、というのが段々選択されてくる。たくさんの人間は緊張を取るため、リラックスするため、忙しかった週の終わり、にやっと休めるから、とか。きょうのブランチにいたLはまさにこのため。緊張感を抜き楽しむためだろう。あと笑うためにあるコメディ映画を見に行く時はみんなで吸ってから行く、という人達をよくみる。そして大笑いするのだ。あとアノ匂いが凄かったのはプラネタリウム。真っ暗のなかで上をみて星の話をボーっと聞いて見てるのにちょうどいいのだろう。

リラックスして、自分自身を楽しめたりもできるため、集中したいときに使う人もいる。これがまた興味深いのだが、学者、研究者、芸術家なども使っている人がかなりいる。一度筆者が一般に”イイ大学”と言われる所に一時的にいたことがあった。そこで仲が良くなった友人は以前nアレをよくやっていたが、化学系に走った後にうまくいかなくなった、と話していた。自分はアレをやっている時は成績はオールAだったんだけど、というので、若かった筆者も、うそだ~と疑ったら、じゃあ、見る?とそこの大学の成績表を見せてもらうとまぎれもない、本物の成績表でオールAだった。集中できていろいろと考えられて良かったらしい。人に寄っては集中が出来ない人もいるし、リラックスできない人もいる。反応や、使い方や、楽しみ方は違うがこの友人には一時期はうまくいったようだ。

とても中の良かった院生の時の友人がある大学でのサイエンス系の学問でベストセラーを出した有名教授の息子と友人だった。そのクラスメイトGがその息子の家にいくたびにいつも父親はアレを吸って(それも濃く、高そうなイイ質)三人で一緒に楽しむ、と。家の中でも栽培しているらしい。そして筆者のいる大学教授も数人。いや、実は吸ってないほうが珍しいのだ。それくらい日常生活の一部なのである。それに違反ではなかったりする所だったり、そういった場所から来た人もいるのだ。こういった背景からして政治家も使ってなかったらおかしいだろう。そういえばクリントン元大統領が大統領選にでて、MTVなどの若者番組に多数出演し票を狙ったときに、MTVの質問コーナーで学生に”XXXXX(アレ)についてどう思いますか”と聞かれ”僕も吸ってたし”とうっかり笑いながら答え、番組のオーディエンスからは大絶賛を得たがしばらくメディアでは(ブッシュ派が)問題視した、ということがあった。まあ、それほど日常生活にはある事だがちょっと気をつけるもの、という扱いになっているのだ。

筆者は結構客観的に見てしまう。自分は一世だし、まだ日常生活に入れるのには慣れない。というより、中毒、になる可能性のあるものはタバコもコーヒーも怖くなってしまうので(それらに中毒になって手を震わせて吸ったり、飲んだりする友人たちを学部生の時に散々目にしたし)どうせ楽しめない、というのがあるからだろう。ある一人の仲良かったロッカーの友人はお酒とアレに中毒したため、キリスト教関係の集まりに強引に参加し、克服し、何があってもやらない、という辛い時期を過ごしていたのをみていた。他のバンドメンバーなどがアレを作って売ってたり、売ってるけど当人は化学薬品系の薬しかやらない、だったり、一人が急にやり過ぎて、混ぜ合わせ?が悪かったりして急に倒れ、何度も救急車に運ばれるのを見ていたりなどもあったので、そんな環境の中の克服は偉いなあ、と思っていた。だけど6,7年後にその人物は引越し、他のバンドで活躍した時に会ったのだが、急にいなくなりあれ?、と思ったらアレをやりに行って戻ってきた。その匂いと目で、え、もしかして、今はアレやるの?と聞くと、ああ、そうか、あのときの自分しかしらないから驚くよね?今はちゃんと自分を制限できるから普通にできるようになったんだよ、と話していた。きっとポイントはするか、しないか、ではなく自分をコントロールできるか、できないか、というところだったのだろう。

まあ、しかし、こういった文化も気を使う。なぜなら克服を目指してがんばっている人はともかく、ふつーの人で、周りですっているのに自分だけ吸わない、という理由が普通でないのだ。え、なんで?っていうこと。口移しがやなのか、自分が嫌いなのか、まさか子供のように、それは悪いこと、なんて言ってないでしょ、みたいな色々な意味がある。まわりがとっても不快になったりする。それをすることが違反でないところではほんと意味がないのと同じで。煙がいやだ、とかだったらいいのだろうか。しかしみんなは煙を吐いてるんだし、いやなら出てけば?となりそうだ。。。

でもそういった場では化学系を使う人間も気を使っていたりする。自分たちが強いものをやっているのを見られたくないようで(基本的にアレがふつーなだけに、それ以外の薬品系をやるものとは大きな差が生じていて化学系は軽蔑のように見られたりする)周りがアレをまわしてリラックス談笑、の時にコソコソとトイレに順番に行ってやってたりする。そしておどおどしたり、変なのだ。トイレにはそのままそれらの証拠が置いてあったりする。でももしかして筆者らを気を使っているつもりなのかもしれない。こんなこのこの前ではやってはいけない、などというのがあったと思う。前から気遣いの人間が多い、日頃はやさしいいい子たちだった。

まあ、とにかく、日本でのアレ、やアレ以上のものをやる人間のイメージというのはネガティブだし、怖かったりするが、筆者の周りを観察しているとやはりアレにはそれなりの文化があり、思いやりや気遣いも使われる日常の中の行為のひとつだったりする。そして30,40,50,60にもなってもリラックスして、楽しい時間を共有したいときにする一(いち)ハーブらしい。(そういえば、先日友人がつまらないいい加減な行為を筆者に行ったあと、連絡がずっとないのでほっておいたら数ヶ月後に連絡が来た。電話でゆっくりやさしく、謝るその様子を聞きピンと来て、”あ、やってるよね?”と聞いたら”そんな~ことないよお~”と明らかな態度。つまり、悪いことをした、連絡を取りたいけど取りにくい、日にちがかなり経ってしまった、なんて言っていいかわからないし、言いにくし、相手は怒ってるかも。。。というのが重なり、シラフ?では謝ってられなくなり、アレでリラックスして、どんな返事を聞いてもある意味楽でいられるようにしているのだ。そんな態度にちょっと。。。と感じる筆者であったがそんな風にも使われるんですな、アレ、っちゅうもんは。人間関係円滑?剤、まあしょうがないのかな。。。)
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by flowfree | 2005-06-19 16:51 | 文化の違い
日本にはサークル、というものが大学にある。まあ倶楽部活動ではあるが、あなどれないのがそのつて/コネ。卒業すればOB/OGなどとあって、恋愛相手も見つけられる可能性もあれば、職を得られる可能性も大。実際、大きな企業の重役は同じ大学の同じサークルで取り締まらる事もなきにしもあらずで、”ああ、あいつは慶応だから、””早稲田のoooサークルだから”などと50、60にもなってつぶやく人物がいたりする。正直、日本の権威社会制度を見るのに大学サークル、あなどれないのだ。

それは大学生の特権という物もいる。この集団行動を行うグループは犯罪も一緒に犯したりする面も新聞メディアで明らかになった。ある意味、人気のサークルは日本でもなかなか入りにくく、容姿などのテストのようなことをされる話も聞く。これは動く社会の中でも多面で変化しながら制度化されて存在している部分が多いにある。こんな制度、日本以外にもあったのかー、と筆者は海外で驚いた。北米はもちろん、ヨーッパでもそれはある。筆者が良くしる北米のサークル文化の様子をちょっとここで書いてみたい。良い面もたくさんあり、そのサークルの名前のステッカーを車の後ろの窓に誇らしげにはる男女はとにかく多く、その英語でない文字になんで車にみんな訳のわからんステッカーを貼ってるのか、と思う外国人は多いと思う。全部ギリシャ語で書いてあるのだ(このサークル文化の歴史は古く、実際の研究を行っていない筆者は、変化が良く起きている、というのは認識しているので、もしかしてもうギリシャ語はやめよう、としているグループのある可能性も高いことをここで示しておきます)。まず、そのとくに競争率が激しかったり、他のサークルとは違った面で宣伝しているグループは分かる人には分かる、視的なメッセージだったりもするし、なにより自分の社会的ステイタスになるのだ。偉いさんと同じサークルだったりする有名サークルグループに所属、となると当然のごとくだ。

とにかく筆者は良い面はそこそこに(ここではそれ以外を中心に)記させてもらおうと思う。筆者の生活でたくさんのサークル人間?と出会い、話を聞き、その色々な面での文化的な位置づけの重要さを良く感じるので肌で感じられなくなる前に記して置きたいのである。(ここでは筆者が感じたり、聞いたり見たりした事を書くので情報が新しく変化してる場合もあるがどうぞこれは
それらの歴史の一部かも、と見て下さい)

まず女性だけが入るグループはソロリティ、といい、おおまかな説明はアメリカのソロリティとはなんぞやとちょっと書いてあるブログにあるので興味があるかたは見てみてほしい。まず、日本語で検索したらアニメの話の中ででてくるらしく、そういうのばかりで、実際の生活を日本語で書いてあるのはなかなかない。

つづく。。。
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by flowfree | 2005-06-18 15:59 | 日本とも似た制度
アフリカのある町のドキュメンタリー、Darwin's Nightmareを観た。これは階級の低い人口の多いところの川に1970年代ごろある人物(明らかにされてはいないが植民地政策に関連する白人)がNile Perchという2mほどある魚を放って以来、魚は増え、現在は大漁に捕れ、工場もできれば人も何千人という人も雇われ、町はかなりの救いになり、その魚は
ヨーロッパを中心に日本にまで送られ買われてビジネスに発展した。が、その背景にはいったい何が。。。というのを人への日々のインタビュー、雰囲気、状況から映し出しているもの。

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今まで生きるのにも苦しかった地元民。そして何千人と働けるようになったが、それでも仕事が得られない大人、子供は大勢いて、女性は売春をする。学校の先生だった男性も現在は漁師を指示する役をしていてその町の貧富の差を切々と語る。

しかし問題が出てきた。このナイルパーチという魚がどでかく、他の魚をたくさん食べてしまうため、海の中の生き物が生きていくために必要な微生物などなど、色々な食物連鎖が壊れ、海はおろか人間の生きていく環境にも影響を起こしている。アフリカの数々の町を行ったりきたりしている植民地政策内の白人がこれは大変だ、と記者会見を開く。地元民は笑いながらもちろん頭にいれておく話だけど。。。とみながもうどうすることもできない、というように笑い出す。魚を持ってきたのは彼らたちではないが、それをロシアの人物がビジネスにして何千人と雇い、ヨーロッパと仕事もしているのだ。

そんな状況をオーナーは黒人はみんな怠け者で仕事をしない、という。しかし映像では夜中に魚工場のパトロールをしている人物が一日一ドルでやっている、と話す。仕事がないし、この仕事も前回働いていた人物がばらばらに体を切られ殺されたから自分にまわって来たんだ、という。自分は以前戦争に行ったがそのときは金にもなったし教育も得られたからどれだけ良かったか、と話す。戦争のおかげでお金も入り、食事も出来、教育も受けられるのだから戦争があったほうが良いに決まっているだろう、と。人を殺すから勝てるんだから殺さないといけないときは殺すしかない、と。自分は何も怖がっていない、と。

ホームレスの子供たちは炊いたお米を素手で取り合いし、殴り合いの喧嘩。つらい日々でなかなか眠れない状態をプラスチックを火で溶かして吸うことで眠るようにしている、という。そのプラスチックとは魚を出し入れするときに使う発泡スチロールだった。浜辺でご飯と炊いたものと同じであろう火で発泡スチロールを溶かし友人同士で吸って眠りに入る。

そして町の売春婦(一人は撮影の時期にオーストラリア人に殺された)、魚を飛行機でヨーロッパ中に運ぶロシア人達、そして新聞、テレビを読むアフリカ人はまず飛行機は空っぽのままアフリカに来てそれから魚を積み込み離陸する、という。しかし、少しずつ判明した。実はロシアから爆弾、銃、戦車・タンクなどをアフリカに運んでいるのだった。これが魚のビジネスとの引き換えになっているようだ。
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魚も身を落とし、骨と粗だけになったらごみにとして持ち出されるがその何千トンともいうものを干してさらに油で揚げて、日本も含めた世界に売りに出されるという。しかしその粗の部分の魚はカートで運ばれ、ドサッ、とそのまま土の上に山積みされる。そして生のグチャグチャのままに干される用の木に片目の潰れた女性が置いていく。しかし、数が数だけに、着いたものを数人ですぐに干せないのであろう、土の上にはまだまだどっさり何メートルを先まで粗は置かれ、魚は蛆虫だらけ。そして裸足で働いている女性の足にも蛆虫はまとわりついている(きっと靴を履いても蛆虫だらけになるので裸足にしているのだろう)。そして仕事があって良かった、と感謝をしている。ただ、そこで働いていると魚から出てくる酸(腐ったもので)が目にしみて来て目が痛くなり、潰れた、という。この状況を見ると仕事がほしくてしょうがない黒人が大勢いるのは明らかだ。

そして最後にロシア人のパイロットが少しだけ、と告白。自分はタンク(戦車)をアフリカに持ってきて、魚をドイツに運び、ドイツでぶどうをロシアに持ってくるんだ、と。クリスマスプレゼントにロシア人の子供はぶどうをもらい、アフリカの子供は銃をもらうんだ、と話すものがいた、と。でもこれはビジネスだ、と。”自分は世界中のこどもに幸せになってもらいたい、とは思う。だけどどうやっていいかわからない。。。。。”下を向き、もうこれ以上の言葉は出せない、といった。

植民地政策というものはいつも戦争や性、金がかかわっている(Cynthia Enloe シンシア・エンローという学者はこういった視点から研究を続けている)。このアフリカで武器が持ってこられたのもアフリカだけで使われるのではなく、その場所の警備が甘い、ということで色々な国が持っていっている、という。日本にその魚が送られ売られている、という話からいってもこの政策は他人事ではないだろう。しかし直接に手を下しているものたちにどれだけ選択があるというのか。戦争を望む人物、文化の背景というのはとても複雑で力のある人物・国からの影響は計り知れない。
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by flowfree | 2005-06-17 14:52 | 映画:政治関連