アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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<   2005年 08月 ( 12 )   > この月の画像一覧

男役とカルト宗教

そういえば、筆者はカミネ~タ~、久しく書いてなかったなあ、と
大統領(huimuseumさん)に思い出させてもらったので
実はやっぱり日々友人とまだまだカミネ~タ~は続けているので
ちょっくら面白いと思うもの、書いてみますワ。

以前書いた
カルト宗教と同性愛 1&2で日本人の友人カップルのネコ(オンナっぽいほう)がある宗教に家族で熱心、ということで彼女のパートナーのタチ(オトコっぽいほう、っていうか当人は性同一性障害と、金八を見て思ったらしいが)が同じ宗教に参加したことを書いた。そしてその宗教とおなべバーとの関係、その宗教のクイア支部の充実した様、も書きました。これに自分は感動に似た気持ちがあります。宗教に感動は全くしないのですがそのクイア文化を取り入れ、充実させる、という深い政策力、とでもいいますでしょうか。まあ、この宗教のAV女優の作品鑑賞会などによる支持する力、というのはハンパな気持ちじゃできないですよね。この記事も”信じる人達”枠にあります。

そこで芸能人が入ってる芸術部というのがありますが、日本のタレントはたくさんいます。
そしてもちろん歌手もたくさんいて、筆者が最近興味深い、と思ったのは
なんちゃら娘。のあるメンバー。彼女はそのグループのなかでも一番ボーイッシュと言われていて服装もだぶだぶズボンやヒップホップファンを思い起こさせるような格好もしたり。
そしてその彼女が同じ宗教に入っているようなのですが、このグループのコンサートに
行くと、なんと彼女が男役を演じ、スーツで短髪で宝塚歌劇団を真似て、他のフェミニンなメンバーと寸劇を行っているようなのです。

しか~し。それだけでは”へ~”というものですが、深いのがしっかりとこの宗教色を
含めて演じている、というのです。どうやってか、というとその方たちの目印、シンボルとなる
三色の色をふんだんに使い、わかる人にはわかる、という意味があるみたいで。
ここに行くと真ん中の写真をクリックできて、大きくみれますが、
ある専門的に分析している方のサイトによると、
なぜ、三色と言ってもどこでも使われる色が、この宗教に関係する、と特定できるのか、と
話しています。それはその三色、赤、青、黄色、と言ってテレビに映されると大抵
赤が真ん中に来る、という。それはゴレンジャー(古っ!)やサンバルカンなどの戦隊もので
色をシンボルにしているものもそうだし、シブがき隊、も三色を使ったけども
モックンが真ん中で赤だったりします(ちなみにヤックン青で、フックン黄色)。
そして戦隊ものであんまり目立たなかったり、面白いキャラだけど決して中心人物にはならない印象のメンバーが黄色だったりすることがあるのですが(例:キレンジャーはカレーばかり食べてるおちゃらけキャラ、フックンは申し訳ないが一番人気がなかったんですね・・・自分、ファンクラブ入ってたので知ってますーって変なアウティング^^;)

ですがこの歌手の方は、この男役ステージでメインをするときは黄色を着て、
三人で歌っているときも真ん中。この黄色が真ん中というのはこの宗教の三色の
表象と同じなのです。そして真ん中に黄色がくるのも意味があるのだそうです。

このなんちゃら娘。で彼女が入った3人組の別のグループでもこの三色が使われ、
真ん中は別の子ですが、しっかり黄色です。この娘。には他にも数人この宗教に
入っている方がいるようで、娘。活動でお寺に入ったり、なんちゃら祈願、っていうときも
後ろに退いたり、参加しなかったりする、というのも上のサイトに詳しくのってます。

これで思うのは、もしこれ本当だったらさすが!この宗教さん。
芸能の表現の場で男役を取り入れ、受け入れ、そこにしっかり
宗教色(ってほんとに色、だわ)を入れて支持するなんて、すげえ。
日頃のクイア支部の充実なんぞ見ていると当然とも思えます。

結構他の信者や娘。さんの言動をたくさん例に入れて
裏を取っていて信憑性があると思えるサイトだったので
これはまた関心しました。

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by flowfree | 2005-08-31 01:59 | 信じる人達

お暑いのお好き?

ウチのお天気姉さんが(右下にいますでしょ)ずっと傘ばっかり差してるのでそんなに実家の方は雨降っとるんかいな、それとも姉さん、壊れちゃってます?と思い、日本の天気サイトをチェックしたらやっぱり姉さん、合ってました。雨続いてるんですねえ。
日本では湿気が多いから雨が降っても暑かったり、ベタベタは変わらなかったりするんだろうか。

b0058997_145029100.jpg天気が良いときは明るくてキレイなところも、雨になるとガラッと雰囲気が変わる。
実は自分は海外に出てから雨が好きになった。
とってもろまんちっくに感じているんですが、どうでせう。
特に海辺や川辺での雨、イイですよ~。


b0058997_14513539.jpgちなみに旅行中で友人Sが言うにはドイツは今月は異常気象で大雨で
一緒にいたときもドイツの天気をチェックしては、大雨で人が流れて亡くなった、
などの話をしてくれた。へー、って思ってたけど
”だからこっちでは太陽が出てるところになるたけ行こうと思って!”
と張り切っていた。

自分は太陽があって温度が丁度よければ嬉しいけど
暑すぎたらエネルギー取られて余計疲れてしょうがない
(もう一度書きますがSはかなり年下・・・)
それで自分が島をチャリンコで一周でひやっほ~い!なんて
やって、疲れてヌードビーチで昼寝したらすっかり満足。
帰ろうと思ったらSは
”じゃあこれからは湾岸に行って陽に当たって話したり横たわろうか!”
と言うので
”え?ああ、う~ん、カフェなんかに入って冷たいものでも飲むのは?”
と返すとSは
”・・・カフェなんてドイツでもどこでもあるし、今きっと混んでると思うし”
また返す筆者
”この時間はまだラッシュの前だから丁度すいてるでしょ”
そしてS,
”・・・・・”
筆者やっと理解。
”そっか、外行きたいんでしょ、あなた。陽に当たりたいのね。”
S:”そう、だってドイツで長いこと陽が見られなかったしこれからも見れないと思うし、
ビーチとか凄い行きたかったし、休暇っていったらビーチだし・・・”
筆者”おっけー。じゃ私陽に当たるのもう耐えられない体になっててねえ。
エネルギー取られちゃうのよ。だから補給に家に一度戻ろうかとも思うんだけど。
それでまた後で待ち合わせする?それとも・・”
S”私は一人でも陽に当たっていたいから。じゃあ後で会おう”

となり、しっかり寝てから夕食で再会した。
Sは顔に日焼けしてちょっとうれしそうだった。まあ一人で残すのはちょっと
可愛そうだと思ったけど自分も元気になって良かったのです。

その後に結婚間じかな中国系と日系(共にIBM社員)のカップルとその友人も参加。
その中国系の友人もスペインで会って、一緒にパリで滞在してお互い遊んだ中。
彼女、パリで料理学校に通いながらもストリート・ミュージシャンと
毎日ツルみ、ハーブのタバコ(アレですよ、ハハ^^;)
をこれでもか!というくらい回してもらい吸いまくっていた。
そんなことも今はイイ思い出だね、と話しましたワ・・・

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by flowfree | 2005-08-30 14:14 | なんでも枠
特に日本でいうアカデミックな中でのフェミニストの方たちは
自分の私生活とフェミニストの観念が矛盾している方が多い。
仕事関係や恋愛関係そして家族関係の中での男性、女性などと関わる人間関係の中での矛盾だ。

b0058997_1811312.jpgもちろん、矛盾したっていい。誰でもどこでも完璧はない。ただ、その矛盾をどうやって扱うか、ということにもっと頻繁にスポットライトを当ててもいいのではないか。

矛盾が起こるのが日本だけではないのはもちろんだ。だが北米での”私生活とフェミニズムは
分けられるものではない”、というのが基本的な理論でそう教育を
受けることが多いのに比べ、日本で出会う学界のフェミニストの
方たちは開いた口が塞がらないほどその矛盾を疑問視した
様子もみせないし、あるいは隠そうとしているのかもしれないし、
それを”仕事と私生活を一緒にできる訳ないじゃない”という
矛盾して当然、のような理解や姿勢を感じることが多い。

それを筆者が初めて目の当たりにした時はとっても戸惑った。
批判したいけども教育の文化が違うだけかもしれないし。
そしてそれなりの事情があるのかもしれないし。

北米の学界でフェミニストというとそういった態度や姿勢を
意見のシェアの仕方から見られたりもする。
力関係をなくそうという試みから生徒から教授、教授から生徒へ、
発言の態度などに見える気遣いがある。もちろん尊重を持って。
でも日本での人間関係からくる”上下関係”というのをフェミニズム観念の中で
崩そうとしない限り、態度や姿勢で出せないし恐らく死ぬまで矛盾するだろう。

フェミニズムに何十年、年百時間、何万分と時間をかけて、
エネルギーを費やし、お金ももらい、払い、と活動している人達。
人間、いつ病気になったり、事故にあったりするかわからないもの。
筆者の家族も病気で去年車椅子になっています。
それでも自分をだまし、正当化し、世間をだまし、他人を批判し、
自分自身を受け入れようとせず、矛盾をいつのまにか
”日本文化的であり自然なフェミニズムの構造”
として扱っていることに貢献して
生きていくんでしょうか。
そういった行為に何百時間、エネルギー、お金を払った人、もらった人の
価値はでるんでしょうか。

もっと考えて欲しい。感じて欲しい。
少しづつていい。一人から始まってもいいし、仲間と決意してもいい。
相手がどんなに権力を持っていようが、権威を出し脅して来ようが、
自分の信じる直接の意見をたまには表現してもいいのではないか。

自分の仕事の場が危なくなる?
せっかく決まりそうな仕事もダメになるかも?
~に嫌われてもう仕事が入らなくなるかも?
もう”先生”と呼ばれなくなるかも?

あのね、世界の終わりではないんです。
そういう気持ちになるのはわかるけども
生き方というのを考えながら仕事を続けることは可能だと思う。
人生は自分を主人公にしたドラマである、
と誰かが言ってました。
あなたが主人公。権威や権力を保とうとして
矛盾に貢献することを批判に見たいのなら
それを堂々とすればいい。
あなたの支持者は必ず増えるでしょう。
筆者もまだまだ修行中。
一緒に目的を持ち、見えないところからでもいいから初めてみるのはどうでしょう。
応援します!!!

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by flowfree | 2005-08-29 18:11 | feminism

休暇の過ごし方

たまの堅くないお話、かな。
みなさんは遠い、飛行機で何時間というところに行くとき
どういうことをして過ごされるのだろうか。
海外で、さらに違う場所の遠いところに行くときは
ある程度の観光ルート、コースが決まりきっていて
それに沿っていく機会が多い。
*美術館
*博物館(写真は昔のヨーロッパトイレ)
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*なんちゃらタワー(エッフェル塔や東京タワーみたいのど~こにもあるんですわ)
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*なんちゃらの城
*なんちゃらの山 (写真は枝のような虫ーどでかい)
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*なんちゃら島
*なんちゃら公園
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*なんちゃら橋
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*なんちゃら古い町(古い面影が残った町で写真は地ビール工房)
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*なんちゃら人種の町(チャイナタウン、ジャパンタウン、リトルイタリー)

そしてショッピング、ですね。
機会が多い、というのは必ずしも自分はそれをやらない。
というかやりたくない事が多かった、(もっと)若いときは。
この5年はまわりに合わせながらなんでも見てみよう、という気持ちも多い。

今回は以前スペインに筆者がちょっといた時に友人になったドイツからの友達と会っていた。
彼女Sは筆者よりも結構年下。
Sが到着するまでは泊めてくれた友人Fと
”ヨガに、エアロビに、大学みて、図書館でウロウロして、クイアの地域ぶらついて、
チャイナタウンで飲茶食って、トランプでもしたり、数人の地元にいる友人とお茶して、
メシ食って・・・”
と、ウチの周りでも出来そうな事をふつーに話していた。
Fがメンバーのジムで無料体験の券もあったのでそれ使いまくろーと。
まあでもSと話してから詳しく決めよーと、他の友人とのアポも作らなかった。

それでS到着。久しぶりの再会に抱擁。照れるがお互い
飛行機や時差で疲れているのでボーとする。
そしてまず予定を決めようとしたらSはすべての観光モノを
したいという事がわかった。彼女とはヨーロッパ各地、彼女の実家、など
色々と旅行をしいる仲。そして観光ルート大好きな人というのは知っていたけど。

まあ、いいや、でもお高い観光(なんちゃらタワーは入るだけで2500円位)
は筆者は参加せず、そして滞在日程もSは長いので別々に行動も。

それで上の筆者がしたかったことでできたのは
*チャイナタウンに行く
(安くて造りのしっかりしたブラを買うー4っつで1300円位!)
*そしてクイアの地域に行く
(レストランでお酒を飲み、週末じゃなくても開いてるところ、ということで
選択視がなく行ってみたら無料で入れ、ゲイも行っても良いレズビアンバー)
*友人とのお茶やメシ
(Sが観光したい、という日にまとめて会った)

まあこれが楽しかった。Sには筆者はクイアという事は実は話してなかったりするのだが
(まあ色々な事情で)
ふつーに楽しく遊び、女同士のイチャツキがあっても驚かずなんのコメントもナシで
楽しく遊んだ。

それで島に行ったがキレイだったし、チャリンコ借りて
猛スピードでSをほったらかして筆者は島一周し、
そこにあるヌード・ビーチにチャリンコで寄り、年配の親父さんたちの裸体に
主に囲まれ一人昼寝をしたり。ちなみに自分は脱ぎません^^

そして博物館の恐竜が可愛く感じたのも新鮮だった。
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なんか走り寄ってくる感じで可愛くないですか?

まあそんな感じで結構忙しく過ごしてきたが。
一応人類学も勉強しているものにとって
色々な文化からくる人達との交流はとても新鮮だし
考えるきっかけを与えてくれる。
まあまたそこらへんについては別の機会に書くことにし
ちょっと観光レポートまで。

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by flowfree | 2005-08-29 02:14 | 人類学

嫉妬という感情

良く嫉妬をネタに人間ドラマや事件が起こるけども。
自分はそういうものに無関係と思っていた。
恋愛の場では実際他人と同じ人に惹かれても
後の面倒くささを考え一気に気持ちが冷めたりする。
仕事関係の中での嫉妬なんてアホらしくてすぐ
アホ、で済ませてしまう。
競争、成功、ライバル心などと一緒に、
嫉妬という気持ちが自分には無駄な感情の一つ、という
ように決め付けているところもある。

そんなこともあって嫉妬というのも目の当たりにするのは
長いことなかった。忘れていた感情だった。

人って変わるものだけども恋愛が関わるとこれほど
見たこともない面を出すんだなあ、と改めて思った。
こんな扱い受けたのは思い出せないくらい久しぶりだ。

b0058997_1427338.jpg5年も一緒に働いていたD.
彼は女性から男性(FTM)になったトランス。
ある組織の代表としてDが働いている間、
自分は同等かそれ以上の役割を持って
信頼関係を持って長い期間やってきた。
Dは自分のためもあるだろうが組織のために
技術を発揮してやっていた。
人に物事を頼んだり、教えたりというのが上手くて
ビジネスとしての交流にたけていたから
それなりに人を操る術も持っているというのは
良く感じていた。でも内部の者にはそういった
所は見せなかったしDを代表に持てる事を
誇りにさえ思っていた。

そんな中、とあるLがゲストとして組織に呼ばれた時。
自分は誰もやりたがらない空港の送り迎えや
観光に連れて行くようなことを頼まれ、事前に
それだけはやりたくないので、と断っていたのに
頼まれたから、よっぽどなんだ、と思いしょうがないから
やってあげた。

そしたらまあ、Lとは話も合い、楽しかったので
観光なども一緒に行ったり、食べに行ったりと二日ほど
過ごした。その帰り、組織にLと戻ったら
Dの態度がおかしい。筆者がが話しかけたら無視された。
こんなことは初めてだったので、アレ?と思って
また同じことを話しかけたらまた無視。

そしたらLが
”Dに観光とか食事とか誘われたんだけど
好みじゃないから断ったんだ”
という。
さらに”flowfreeと自転車に乗って公園に行くんだ、
と言ったらDは、flowfreeは自転車乗れないし
全く運動できないよ!。。。あ、でもテニスはするみたいだけど”
と切れ気味に言っていたらしく。テニスは昔してたのを
覚えてたらしいけどもなぜに筆者は自転車乗れないと思うのかー。
一応週に3回ジムにも通うし自転車乗りまくりなんだけどー。

まあとにかく、執拗なDからの嫉妬攻撃はその後の
パーティーでも続き、筆者はショックと驚きで正直対応に困った。

まあ結局Dが”flowfreeとLはイイ関係になった”、と勝手に思った上での
嫉妬だったようだ。まあこれは色々な問題に関わるので
組織レベルの話に持って行っているのだが
そこで聞いたのは実は他の州の同じような組織にLは数週間前に
呼ばれていて、そこの組織の代表と仲の良いDはLの話を事前に聞いていて、
”自分の好みだ”と話していたらしい。
それで会って”良い関係”になるのを楽しみにしていたという。
あと、今までDは誰かを誘って断られたという経験がほとんどないらしい。

Dは正直カッコいい。まあ胸の手術をしたりのホルモン関係の治療を
してからかなり体重が増えているがハンサムで、チャーミング。
オトコもオンナも惹かれるタイプだ。

だけどまあ筆者の自慢にもならないが(^^;)全くの誤解からの嫉妬。
それで5年間築き上げた信頼関係をもリスクに持って行ってまでして、
確認もナシにそんな態度を見せるものなのか。
それとも嫉妬といっても、相手を取られた、というよりも
自分が断られた、というプライドやエゴの裏返しなのかもしれない。

後はやっぱりマッチョなジェンダーのようなところも見えるような。

でも組織にゲストとして来る人間と関係を持つことを期待するのも
いい加減にして欲しい。クイアの人達は出会う場所も限られてるため
みんな甘く見ているところもあるのだが
こういう年がら年中、H相手を探す、という傾向もうんざりだ。

とにかく人間の嫉妬の怖さを思い知った機会だった。
人間の嫉妬心そのものの無駄さ加減をさらに強く感じてきた。

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by flowfree | 2005-08-28 14:28 | queer
旅行から戻ってどっと疲れたけどもなんか新しい期間が始まるので気持ちもリフレッシュ。
自分のいるところは9月になると色々な人が引っ越してくるし、出会いも増えるし、
集まり・バーティーも増えるし、まあ仕事も増える。
だけど応援してくれる人も励ましてくれるし自分も新鮮な気持ちを持って
またやっていこう!と思えてくる。

またスキンを変えました。黒ベースが苦手なのに(笑)やってしまった。
まあとりあえずしばらくはこれでよろしくです。

ネタ(*人によってネタという意味はフィクションととっている方がいますが
自分はノンフクションという意味で書いてますよ)
も旅行中にたくさん拾ってきました。

また書きますー
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by flowfree | 2005-08-28 07:40 | なんでも枠
なんとなんと、この日が来てしまった。。。
網走番外地、などヤクザなマッチョな男性像も描き、徳川女系図、などの過激な女性の性像もシリーズ化し、60、70年代の反政府観念もたっぷり入れ込み、そういった活動をしていた舞踏家などの表現者もふんだんに参加させていた映画(以下の写真)を作った
石井輝男監督が亡くなってしまったのだ。
実は筆者が関わっている映画祭に彼を呼ぼうと試みたのが2、3年ほど前。
その頃は石井監督は飛行機嫌いで病弱ながらもイタリアの映画祭に呼ばれたり、
東京の自宅でイタリア人の映画監督志望のニイチャンを居候させたり。
筆者が石井監督側に連絡をしたこともあった。
出品して欲しかったのは筆者が大好き?なこの作品。
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『恐怖奇形人間』(69)。

でもこれはビデオになっていないため、海外で上映するには
どでかいテープになったり、そのため見本が見せられなかったり、と
かなり手こずり、話が進まなかったのだ。
あ〜あ・・・と結構落ち込みながらも、イタリアの映画祭関係者に
アドバイスをもらったりしながらも話を進められる策を練っていたのだが。
病状も悪いって知っていたけど・・・
10月21日にボックスセットが発売される予定だし、
監督の追悼映画祭も10月に行われるらしい。
この頃に帰郷したいなあ・・・
それで亡くなっても彼の作品を海外で見せられるよう頑張る事にする。

umepochiskyさんのブログではSMの縄師、明智伝鬼先生の悲報を知ったけどそれもショックだった。
日本の縄師の代表だった人物が亡くなっていき、
エログロ映画、またはカルト映画の大御所の石井輝男監督も亡くなる
となると時代を考えざるを得ない。

最近あったクイア映画祭で水フェチ, 電化製品フェチ
(水や電化製品を性の対象にしている人達)についての
ポルノ映画を監督している人と会ったのだが
サブカル視点での性表現者たちを応援したい筆者としては
これからはこういった人達の視点ももっと大事に見て育て、
将来に繋げるべきだと思う。
石井輝男監督にお疲れ様、有り難う、と言いたい。

**ちなみにあるサイト(アメリカです)でメンバーになってお金を払えばフェチポルノ作品が見られるそうで。そこのメンバーの出身地というのは、
1位 アメリカ
2位 ドイツ
3位 日本
となっているそう。既に日本にフェチ通がいる、というのは
ちゃんと国境を越えても理解されているようですよー

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by flowfree | 2005-08-13 18:12 | film
umepochiskyさん(ありがとう!)からご紹介預かりましたインリンのブログ、インリン・オブ・ジョイトイの日記ったらやってくれてますね!
今日の記事ではしっかりと教科書問題の最近のニュースについてのコメント。ちゃんと政治的関心を持ったグラビア・アイドルと”アウト”している、っていうのを再確認できてうれしかったです。
それもしっかりと”残念ながら、日本が侵略戦争を行ったのは事実です。”
とはっきり言ってくれちゃって素晴らしいー。
侵略された側の文化から来ている彼女の発言はとってもパワフルだし
説得力があります。
(ちなみに彼女の家族自体も日本が好きだったようです。嫌いだから、って訳ではない意見なのがまたいい。しっかりとした論点をブログでも言っていますがインリン・オブ・ジョイトイ「M字開脚の女王参上!」2 幼少時代では家族のことや日本に来た背景などちょっと書いてありますよ。ちなみに高校時代も3で書いてあります。侵略した側の文化を好むという傾向も植民地政策には良くある事ですが)

インリンはやっぱりただの可愛くてセクシーでSのグラビア・アイドルではない、
という証明してくれたなー。これだったら元のジョイトイのサイトで
ほとんどのラディカルな政治的視点が消えてしまったのも許そうかな。
ちなみにこのGK68さんの インリン・オブ・ジョイトイが好きなワケ 2で彼女の過激な意見、まとまって読めます。

実は現在いる町に東京レズビアン・ゲイ映画祭に参加していた
ある二人のクイア映画監督が来ていて、ここ数日間会っている。
それで聞いてみた。
flowfree ”それで東京の方の映画祭でインリン来てどうだったー?”
カントク ”えー、なんで知ってんのー?インリン可愛かったけど面白かったよ。
質問のコーナーで一人のビアン(レズビアンの方たちはビアンと呼び合います)
が客席から、インリンは女性同士の恋愛をしたことありますか、と聞いたんだよ。
そしたら、今のところないです、って言ってた!”
らしいですわ(^^)。”今のところ、”というのがなかなか気を使ってくださっているのか、
やさしいのか、って感じですね。

それでそのときに司会をしていたドラアグ・クイーンのマーガレットさんが初めに
”インリンには靖国神社のことを聞きたかったんだけどまあそれはここでは止めといて(笑)”
と言ってたそうで。
インリンのそんな政治的背景を知らなかった監督さんは、マーガレットさんの冗談だと
思ったそうです。で、ちょうどこのブログでインリンのことを書いたばかりだった自分も
興奮してインリンのサイトの凄かった話もしたら
”じゃあ、マーガレットさんあながち本気だったのかもしれないねえ(笑)”
と驚いてましたワ。

ついでにタレント(で女優?)の山咲千里もゲストで来て、
こちらのレズビアンドラマ、L-Wordについて話してたらしいんですが
(宿題としてだと思うけどドラマもチェックしてたらしい)
ずっと”L-World(ワールド)”(レズビアンの世界・・・?)と最後まで連呼していたらしい。
う~ん、その中途半端に宿題しているのがイイですねー^^;

このインリンのブログ、自分がpart 1を書いた日に始まった、というのもなんか
偶然ですね。それにこれ書いた時にググッたけど出なかったのはまだできてなかったから、とわかりましたわ。ウメポチさん、さらに有難う!

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by flowfree | 2005-08-13 16:12 | アクティビズム
*リンク二つほど入れました!*

え、驚きましたか?(^^)
知る人ぞ知る、台湾出身の彼女のこだわった活動は
なんともメディアに出してはやばい、と思える位。
これほど政治を表に出して活動している
日本の芸能人やタレントはいるでしょうか。

といってもテレビでの出演で彼女の活動を
理解できるのはたやすくないだろう。
彼女のサイトがすさまじい。
なぜかリンク貼れないけどココ。
http://www.mostsexy.net/
でも以前はもっともっと濃くて、
特定のテレビ局への批判なんかあって、
”(右翼との繋がりで知られる)ooテレビには絶対に出ないぞ!”
(出ない、なんて生易しい言い方ではなくて
断固抗議する、のような激しい政治体制)
と書いてあったのが、その局にもいつのまにか、
”写真集”として出演、
電話の声としてでて、
最近はしっかり番組の出演者として
出ていた。この数年で政治活動の
やり方を変えたようだがサイトではそれについての
詳しい説明ないようだ。
その元の記事もなくなってるみたい。

だけど7月にあった東京ゲイ・レズビアン映画祭
だってゲストとして出演。
すごいよ、ほんとうに。
まあ、彼女のサイトを見れば
そりゃ出るよね、というのがわかるんだけど。

サブカル系の雑誌で日本の植民地政策批判
がのっているものにも(例:クイック・ジャパン)
インリンは堂々と自分の意見を言っている。
これはほんとに凄い。
彼女の行動も称えたい。

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by flowfree | 2005-08-08 19:13 | アクティビズム
評価する/される場所では成績がつきもの。
でも成績をフェアにつけるということの難しさ。
誰しもが先入観を持っていてそれを崩すのは難しい。
頭ではわかっても感情的にわかっていくのに時間もかかる。
あの人は〜と仲がいいから、あの人は〜と同じサークルにいたから、
あの人は唯一の女性だから、あの人は同じアジア人/白人/黒人/だから、
あの人は。。。きりがない。
実際に成績をつける側の傾向についての統計、つけられる側の統計もある。
色々な現実をみてアメリカではマジョリティとマイノリティが同じ内容の
ものを書いてもマイノリティの方が成績が悪くつく、という統計を
かなり前から認識していてそれに対する対策も出してきた(affirmative action)。

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まあそういった色々な人間がいる、という認識の上での配慮がたくさんあるので
成績の意味というのがだんだん成績をつける側の主観が関わってくるとも見える。
まあ多少は誰でもそうだろう。
だから余計成績というのは意味があるようでないような。
良い成績をもらった時はうれしくとり、良くない成績だったら
成績をつける側と気が合わないのか、などと取ることは多い。

でもどこからが良い成績で悪い成績か。

北米では(ヨーロッパもそうかもしれないが)Honour studentというシステムがある。
どの教科も成績が抜きん出ている生徒を教授が推薦する。
そして受け入れられるとそれぞれの専門学部のHonour studentになる。
Honourの生徒だけが取れる授業というのをそれぞれの学部が持っていて
その生徒達への成績の付け方も他の普通の生徒とは違うようにつける。
Honour student onlyの時は、全てがAを取る、という赴きで物事が進む。
すなわち、もし全く普通の新しい授業だと誰がどんな意味の事を言ってるのか
確認が必要だったり、何度か会話が必要な状況が多いが、honourだけ
だとと知った顔が多いし、全て成績が
抜きん出た人だけなので何事も“良い意味に決まっている”という
憶測の上で物事が楽に進む。

ある意味、ガリ勉タイプで本を読んで暗記するようなタイプと
分析や読み取る理解の仕方が深いタイプの生徒も両方とも同じように
Aを取る。

そんなHonour studentが大学院に来るとちょっと面倒なようだ。
彼らは以前からずっとAばかりを何の疑問もなしに取っている。
普通のクラスでA、そしてhonourばかりの中でもA(いや、
honourばかりだからAなんだけど)。
大学院で急にB+などを取ったら大問題なのである。
ガリ勉のこたちは”自分は前と何も変わらず宿題も人より早くやったし、
教授ともたくさん話したし、授業で発言したし、発表の練習も
たくさんして評価も良かったしそれでB+とは教授がおかしい”
となる。そして”自分が〜だから、〜じゃないから、。。”と
果てしなく他の生徒と比べて、自分の能力の評価ではない、と取る。

実はこれは以前仲の良かった友人Rの話だ。
友人Rはこれまた友人Hの授業を取っていた。
RはHonor studentだったのだがその後大学院に
行き、友人Hが教鞭をとった授業を取ってA-
をとった。授業中はとてもお互い仲良くしていたようだ。
しかしRは本を読んで真面目に勉強するタイプだったが
Hの授業は理論的で、分析や応用がとても重要だった。
だからある意味HのスタイルがRにはあっていなかったにも
かかわらずA-を取ったことは幸運だったとも見えた。

だけどここでhonourシステムからの構造の影響がでたのだと思う。
RはA-を取ったのが我慢ならなかったようだ。
そしてメールでHに抗議したがHの説明も聞いてくれずに
Hのオフィスで話したという。Rは他のクラスメイトに
成績を聞きまくり、納得いかなかったようだ。
オフィスでの話し合いもうまくいかず、結局
Hは上のレベルでの訴えに持って行きたければ持っていけば、と言ったらしい。

いきなりだが世間は狭い。筆者はRとHがこんな状態とは知らなかった。
そしてあるイベントで二人と一緒になったらとっても気まずい雰囲気。
両方から別々に説明される。

もちろん、個人レベルではRの言ってることがバカらしい。
でも実はHonourシステムの構造的問題ではないか。
そんなのに慣れてしまったために自分は全部A評価、という勘違い。
先生によって、授業内容によって、自分の能力によって、成績というのは
色んな側面から付けられる。もしかして人種やジェンダーが
成績を脅かす理由にもなる。だけど人間だれしも気づかずにやってることは
たくさんあって、どうして、なにが影響しているかは特定するのは難しい。
でもhonourシステムだけはそれが関係なし、だ。
選ばれた物だけの中で極端な間違いがない限り誰でもどれでも取ったクラスは評価がA。

RとHはその成績の話をして以来、笑って話す事が出来なくなってしまった。
イベントで会った時も一人が立っていれば一人が座る。目線を合わすのが苦痛だったようだ。特にRは生徒だった訳で力関係では下、だ。
どうやって接したらいいかわからないのはHも同じだったが
Rの方が挙動不審になっていた。筆者と二人になると
成績の話をしだす。ここではその話はやめよう、と言っても繰り返す。

成績に振り回される人間性。これはくだらない、と思う。
評価されてそれに敏感になるのはわかる。
でもそれを気にしていたらきりがない。
それをきっかけに色んなクラスメイトに話しだすのも
くだらない。人間性を疑う。
でもそんな人間の側面を創った諸悪の根源はHonourシステムの構造なのか。
そんな構造に見事に操られている人間を見ていても悲しいし虚しい。

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by flowfree | 2005-08-07 19:47 | 権力社会というもの