アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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11月終わりにもやってたようなんだけどこの映画 日本国憲法という映画が実は先日私が書いた記事ある映画上映会に見る人間模様と憲法九条で観た映画だった。正直映画の内容を書くより人間模様にポイントをおきたかったので内容は書かなかった。それに内容を書くなら書く事がありすぎるので。映画のリンクでスケジュールが観れるので
機会のある人はどうぞ参加してみて下さい。
東京では9日、10日で後者ではフリートークもあるようなのでそれには興味がある。

色々と興味深い話があるが筆者としてはちょっとクリティカルな視点も入れたい。
一つはインタビューした相手が憲法九条作りに関わったオーストリア人の女性
以外に女性がいない、ということ。この女性ベアテ・シロタ・ゴードン
のインタビューはとても貴重で、
年配なのに流暢な日本語を使い、彼女の願いや当時の状況などの
話が心に伝わってくる。
ただ監督が白人男性できっとインタビューした相手は日本の戦争や政治に対する本を
出版したり政治を専門にしている人が主できっと監督が
知り合いだったりコネのある仲間なのかもしれないがもうちょっと多才な人間を
多面な分野からひっぱっても良かったと思う。
日本の憲法や政治に関しての本を出したりしている人でもとても面白くシャープな視点の女性もたくさんいて、
Norma Fieldなんていう教授もとても素晴らしいのに。
彼女らの意見も聞けなかったのは残念。
(*そういえば韓国の従軍慰安婦の女性達や彼女達と働いている人も
インタビューしていた。ただ彼女達は憲法九条自体を話すスタンスにはいなかった)

チョムスキーのちょっとしたコメントもあったけどそれほど頭に残るコメントはなかった
と感じた。やっぱり名前で観客を呼ぶのもアリだとは思うが最近はラディカルな話に
なるとチョムスキーの大安売りになるのでこれにも疑問が出てくる。

そしてやっぱり一番の疑問は沖縄の本を書いた(と言ってもそういう白人男は数人出てくるが)人が
”憲法九条自体が植民地主義政策の被害者への謝罪になる”
という意見だろう。これに被害者はどう感じるだろうか。
この意見についてもうちょっと映画の中で話さないと
フリートークをしてもこういう部分への批判的な話がでたりして
せっかくの問題定義をしている"いい映画”になる可能性のある作品が
バッシングされてネガティブな印象を残すかもしれない。
そこまでちょっと考えて欲しかったのだけど
まあそれでも全体的には良くやった!と思える作品で
また観たいと思った映画だった。
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by flowfree | 2005-11-30 09:42 | 映画:政治関連
それでやっぱり書きたくなる老いと性。
実はTさんの性というのにも私はとっても興味があった。
彼女はおっとりした女らしいところから結構もてるんだけども
そこはすぐ人と寝たりはしないのでどう考えてるのかなー
というのがあった。
そしたら彼の話のついでに面白い話が聞けた。
”私もどーせだめだろうからいいや、って思ってたのよね”
行為の話にこう言い出した。
ちょっとTさんの残念な気持ちが伺える言葉だ。
やっぱり彼を好きで愛する相手と見極めてきたのだろうから
もちろんそういう行為も普通に考えるだろうけど
Tさんは日頃自分でそういったことを話す事はなかったから
興味深かった。
実際私が普段アホみたいに性の話を良くする時もあるので
それには”オホホホー。面白いわねえ〜、あなた”
と確実に喜んでもらっていたのだけど(時々笑いすぎて止まらないTさん)
やっぱり普段から彼女自身のお話を聞く事はなかった。
聞けば答えてくれるんだろうけども
自然ではなかった。

だからTさんの性を考えて年を重ねて行く女性達の性というのを
もっともっと考えて研究?していきたいと思う。
これは前から思っていたけども実際にフランクに話してくれる人は
少ない。良く話す筆者も実は珍しいと言われるのだから
そりゃあ年配の人も簡単ではないだろう。
逆に明治の女性だったらもっとオープンで話してくれたのかもしれない。
筆者のヒイばあさんはぶっちゃけキャラで明治の強くて
頑固な代表をしていたらしいが。
でも昭和になるにつれて女性も保守的になってしまい
性の話が段々とされなくなった。まあ政府や教育のコントロールが
もちろん関わっていますが。

ということで先があまりない、という彼の状態もあることだし
筆者はTさんと一緒に考えてどうやって先の計画を立てようか、という
話をしたりする。先日はTさんは彼と一緒にいたいから早くリタイヤしてもいいかな
って思ってるのよ、って言っていた。今まではそう思ってなかった。
それで私も
”やっぱり現実的に考えて2人の時間や思い出を作るのがいいかもしれませんね。
あと友人では銀行に2人一緒の口座を作って旅行などの特定の計画のために
少しずつ2人でためて行く、ってやり方してましたよ。これもいいと思いますよ、
金額が増えるたび進んでいる、って気持ちにもなるし”
と話した。Tさんは結構感心して聞いていた。
元々Tさんにサジェスチョンをすることは良くあるのだけど
Tさんもいつも気にかけて助けてくれるので
心からいいと思ってサポートしたいことは話していきたい。

つうわけで女性の性と男性の性、これはヘテロ(異性愛)バージョンだけども
年配のカップルの話で、日本では特に年配の人間には性がない、と
言われたりする節があるし明らかにされないことが多いので
私はこれを立派なクイア性と見て語っていきたいなあ〜と思う。
ついでに色んな性行為に関わるお話やサジェスチョンも
どんどんTさんと話して行こうとも思っている。
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by flowfree | 2005-11-29 09:39 | queer
”もう先が長くないからどうしよう、って思って”
好きな人が75歳ということがわかって交際を始めると
色々と先を考える事がでてきてかなり他の交際の仕方とは違ってくるというのが見えて来た。

先週に書いた75歳の彼と付き合っているという友人Tさんは
50代です。というのもいつも聞いてもちゃんと教えてくれない。
じゃあ50代で、前半ですか、と聞くとそんな感じよ、と
という曖昧な返事しかくれない。まあそれでTさんは
相手の方(もうじいさんという呼び方は爺さんアイデンティティーを
自認している訳でもなさそうなので不適格だろう。名前忘れたので彼、と呼ぶ)
は年上といっても60代だろう、と思ったそう。
それにメールで書く日本語と英語の文が抜群に素晴らしくて感動してしまい
いつも話になると”メールの文が凄いのよ、ほんと”
と言っていた。それであるときメールで75歳なんだ、とカムアウトされたらしい。
徒歩で数分の近所に住んでいるじいさんは文で勝負!みたいな
ところもあったんでしょうねえ。
でもその気持ちもわかる。
私も一度90代の男性に惹かれてしまったことがあるから。
彼はアメリカ政府や文化に反逆的で国を出た人。
それでセクシュアリティーも探求して
色んな女性や男性とも経験した、とふつーに詳細にわたって
淡々と語っていた。90代で体は弱っていても
観念や哲学はそのままですげえ、かっこい〜、せくすい〜と思ったのだった。

まあだけどこのTさん、やっぱり現実を考えて
将来の話を彼としているらしい。
それでTさん、
”やっぱりあと5年でも楽しく幸せに暮らせたらいいな、って思ってるのよ”
という。75歳だから寿命を考えてあと5年かもと計算した上での理解だ。
なかなか寿命を考えて相手との付き合い方を考えるというのも
不思議だ。もちろん病人で先が長くない、と言われている人にとっては
常に頭にあることだろう。だけど病人ではなく、ゴルフにダンスに
カラオケ大会にとハッスルし過ぎじゃないか、と言われるくらい
積極的に人生をインジョイしている彼に先は5年、と考えるのも
辛いだろうし、現実味があるようでないような話だ。
体がどれだけ健康でも老いというものは限界を与えてくるもで
先のことを予定する時にはスパッと現実に帰り
バカが付きそうなくらい健康な人も死ぬ事を前提に物事を進めていく。
老いとは不思議なものだ。
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by flowfree | 2005-11-29 09:36 | queer
とうとう参加してしまった!噂には聞いていたけどもどんなのか知らなかった
mixi(ミクシイ)という友人からのお誘いだけで登録できるというコミュニティー
を広げられるサイトシステム。意外に幼馴染からのお誘いが来たので
おー!と思い早速参加。しかし筆者のクイア性についてはお話していないので
かなり参加が限定されてしまうようだ。

というのもミクシイの面白さは様々なジャンルのグループを検索して
そこに参加できてメッセージ交換、意見交換、オフ会、イベントなどの
交流ができるもの。そして筆者のヲタク度を満足させる驚くコミュニティ
などもあり(例:性的少数派でデスメタルが好きな人集まれ!とか)
これは入ってみて~!!というものが結構あるのだ。

だけど参加したコミュニティは全て登録している友人らに見られるし
まあそれがこの醍醐味で、友人同士の興味をシェアして
楽しもう、って訳だ。だから筆者のつまらない隠し事のために
そういうったおもろい行動が”見られたくない、知られたくない”
という理由で限定されるというのもアホらしい。
でもとりあえず幼馴染に見られてもいいコミュニティーにばかり登録していて
まあそれでもかなりの数にはなったが大学関係や海外のこと
が多くなってしまいどーにも偉そうなコミュニティばかりに見える。
どーにかしたいな。そのうち自分で自分を誘って見るか、
それともこれを機になんでも入ってみるか。

幼馴染っつうのは家族の近所に住んでるし、親同士が
知り合いだったりするし、偶然銀行やゴルフ場などで
会うらしいし、やっぱり個人のカムアウトっつうのは
政治的な意味だけではできないわけであったりする。
まあ案外バレたらバレたで相手はそれほど
大きく取らなかったりするし、妹の反応のように
”あ、そ”で終わったり、どーせいつものサブカル・ヲタクの
趣味の一つでしょ、で終わったりするかもしれない。
まあ、だけど家族が入るととっても面倒だから
やっぱり気をつけたい。

っつうことでこのmixiのポテンシャルというのは結構広く大きく
あるように思える。”一日一個のゴミ拾いコミュ”っていうのもあったりして
なかなかいいと思う。
自分も作りたいけど何を作ろうか。ちょっと考えて見たい。
とりあえず今住んでる近所にいる日本からの人で
一緒にヘビメタ・デスメタルなどのライブ行ってくれる人を
募りたいのだけどコミュ作って0人となっても淋しいし。
幼馴染は昨日東京でのお茶会(お茶を習っている人たち)
に参加したようだ。かなり気軽にみんな色々と始めてるようで
このネットコミュは面白くなってきた、と思う。
ヲタク仲間募集はもちろん、政治的な変化のツールとしての可能性も
大いにみていきたい。
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by flowfree | 2005-11-28 19:48 | 友達
アメリカ・カナダからの牛肉輸入の話が色々とされてる。
akaboshi07さんのブログでのタダほど怖いものはない~フリーペーパーに気をつけようの記事では輸入される牛肉についての記事が人気のある無料の雑誌に書いてあって、その記事の影響についてのクリティカルな視点が書いてある。この記事はとっても良かった。

北米に住んでいる筆者としてはアメリカ・カナダの牛肉は日頃から食しているわけであって
もちろんここの牛肉全てが悪いとは思っていないし重要なのは検査や輸入のコントロール
だ、ということを伝えたい。日本にとっては輸入されるされない、という問題になるので
結構極論に繋がってしまう傾向になるのもわからないでもない。輸入される時点で検査を通った"良い質”の牛肉しか入ってこないはずで(*だけどその検査の基準に問題がある)それしか食されないはずだ。だが基準に問題があることが指摘されることがないなら、結果的に問題が出た時にそれは輸入元の問題だと思われるだろう。検査の基準やそれに関わる家畜の飼育の仕方や餌の不純異物の混合などの話も重要だしそれについて日本がどのような視点を持ち価値を付けていえるかということへの理解が当然必要だ。このままだと牛肉を食したい住民は常に安全性が確立しないまま食べることになる。というか、政府や企業、メディアなどの巧みな言葉の”宣伝・操り”によって安全性が確立しているに違いない、という勝手な妄想を植えつけられ体内で消化していく日々になっていく。

そして一般のアメリカ・カナダの住民にももちろん食に値する検査を通った限られた肉しか手に入らないからその点では日本の住民と同じだろう。一般に検査の基準などの知識を持っていたりそれを常にチェックできる住民は現実的にあまりいない。どこまでが安全で安全でないなどの境界線を引くのも難しいがどこの国も検査が通る、通らない食品というのはあるので
カナダ・アメリカの肉全てがヤバイと思われたらかなわない。だけど多少は個人でチェックできたり商品を見て選択できるということはあるので日常生活の知恵に取り入れて行きたい。

だけどまず以下のサイトの日本政府、国際食品検査基準や日本の肉食の
様々な使われ方が示してある記事にはかなり刺激されるだろう。
この記事を読むとやっぱり牛肉輸入の件は”アメリカ・カナダの問題、”というよりも日本の
政治的なコントロールに問題があるのが見えてくる。
国際的な食品に関する基準と日本の農林水産省の判断などにも
やはり日本国内の以前からある問題が重く関わっている。
もちろん、アメリカ・カナダの食肉の飼育や規制にも日本との違いがあって
問題も多いと思う。だけど輸入をしようとしている日本の関係者は
どこにまず目を向けて何に優先順位をつけるかが重要だろう。

売り上げに関連する企業との経済的コントロールか、
住民への安全性か、日本とアメリカや他国との政治関係か、
ブッシュとコイズミの関係か。これらの全てが重要視されている現在、
優先順位は住民への安全性が一番に行くべきだと思うのだが
現実的に言ってそれがかなり最後の方に持っていかれているのを
考えるとやっぱり市民一人一人が問題意識を持って自分で自分を
守るしかないのでは、と思えてならない。

私は既に卵については実行している。”フリー・ラン”という食用鶏が自由に走り回って
ストレスを与える環境を最低限に抑えようと努力しているファーマーの方たちの
ところの卵を買っている。その鶏の餌も麦だけを使用、などの科学用品を全く使っていない
”健康”な鶏とそれから生まれる卵、というのにこだわるようにしている。
一度値段に惹かれフツウの卵を買ってみたのだが
黄身はもちろん白っぽいし濁ってるしそれに変な匂いがした。
これほどにもフリーランの卵は違うのか、と再確認し二度とフツウのは購入していない。
時々生で卵掛けご飯なんてするからやっぱりこれ重要。

肉に関してもいつも目でわかる範囲での鮮度には気をつけているが
以下の記事を読み、これからは安い!て言葉だけで肉を買うのはやめたいと思ってきた。
いつもオーガニックのお肉を買うのも経済的に苦しいが
基本的に家でお肉をあまり食べない私はたまの肉はオーガニックにしてみようかな、
とも思ってきた。

ということでその記事はココで
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by flowfree | 2005-11-28 06:38 | 権力社会というもの

映画Takeshi's を観て

実はちょっと前に観ていたんだけども今書いた方が楽に書けると思って
ちらっと感想を。
ワタクシ実は北野監督の映画はそれほど観ていなくて、
特に海外で有名になるまでは見てなかったのです。
北野作品が好きな人のサイトなどを読むとソナチネがイイ、とか
その男凶暴につき、がイイ、とかそういうのを良くみるので
それを観ないとこの監督作品が特に好きかどうかはわからないのですが
それらは結構暴力的な映画であまり好んで見ようとしないものだったんです。

で観たものというと:花火、dolls、座頭一 そしてこの Takeshi’s。

それで一番好きで、かなり個人的にも気に入ったのが
このTakashi'sでした。
内容は結構サブカル的で、海外で現在一番注目されている日本の映画のジャンルというと
三池崇監督や塚本晋也監督などのドギツイ、強烈でエッジーなモノだったりするのですが
Takeshi'sを観たときは北野監督もこれらの監督の作品見すぎたかな、なんて
思ってしまったほど筆者の趣味に合ってました。

面白かったー。ちょびっといわゆる、B級っぽさのとこが。

以前に観たっていう始めの3作品はちょっとmainstream向け(一般にも好かれるような)
のような気がしました。
そんで”座頭一”は先週末にまた観たんですけど
トランスジェンダー的なキャラを入れたのは
なかなか考えてるな、と思ったし、
畑仕事や大工さんの動きや音をリズミカルにパフォーマンスとして
入れたり、ダンスを皆がやって物語の展開的にはめちゃくちゃなものも
結構脱構築された映画構成で面白いな、と思ったのだけども
作品自体の大まかな感想は逆に70年代の座頭一のドラマのを作った方たち
の方に行っていました。
評価は正直あのドラマスタッフがどれだけスゴイか、というのが
理解できた気がして、ドラマの方のスタッフが監督をする機会を
与えられたらかなりの評価を受けるだろうし受けるべきなのでは、と思ったのでした。

それでTakeshi'sは後からも色々と考えられたりする
面白さが残るもので、あるファンの女性、デブキャラなどの不気味な行動や格好が
また映画の内容を何度も面白くさせると思ったのでした。

ってことでこのTakeshi’sを観て、北野監督の
昔の作品を見てみたい、と思い始めています。
サブカルファンにはこの新しい映画はたまらないんではないかなー。
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by flowfree | 2005-11-26 15:00 | 映画:日本含むアジアもの
ってわたくしではありません、残念ながら。
こちらでの日本人友達でいつもお世話になっている
大学関係者の優しくて可愛らしい友人のTさんがいます。
彼女は私よりも結構年上なんだけども
10人兄妹の末っ子だからかかなり
マイペースでお嬢さんというかマダムみたいだけども
我がまま言葉が昔の小津映画に出てくる女優さんのような言葉で
それで嫌と言えないのですぐ人に利用されてしまって
コンピューターを使った仕事にしているのに
ブラウザの履歴機能を先週私が言うまでしらなかったり
車の運転も驚く程下手で
縦列駐車は大得意の私がいつも代わりにやって
あげたりするまあほんと可愛らしい方なんです。

北米にいると年配の方達の恋愛文化というのが日本と違うのが
良くわかり、友人のお母さん並みの年代の人のお母さん(すなわち
おばあちゃん達ね)が誰とデートしたけど別れたとか浮気した、とか
取り合ったとか色々と聞く事が多い。
老人の性というのにも興味がある筆者としては
老人ホームのような年配男女の共同生活の中での
恋愛や女性達の性を語った浜野さち監督の”百合祭”をお勧めしますが
まあそんなこんなで日本の方達も北米では年をとっても
恋愛は結構積極的にしてるんですね。

まあそんでそのTさんに最近年齢をサバ読んでいた
彼氏が出来て、その彼の年齢はぬあんと75歳だったんですよー!

未知との遭遇か・・・
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by flowfree | 2005-11-24 17:38 | queer
先日、日本の九条憲法についての集まりがあり、映画を観た。
まあ、その九条憲法に関わる映画で日本語には英語の字幕入りで一般公開。
場所は日系人のための施設で口コミで人が集められた。
内容はまあ一旦おいといて。

一応そういうところに集まる人間は政治、平和などに興味のある方たち。
まあ見かけで言えば日本語も良く聞こえるので日本からの日本人、
その他の国、文化に所属するであろうアジア系、いわゆる白人男女、
そして筆者が関わっている在日韓国人のグループの人たちも来ていた。
そして知っている顔も多かったのでその中では弁護士、教授、研究者などもいた。

さて、この映画が終わってみんなで質問やらコメントやらお話しましょう、ってことになった。
チラチラと感想が言われだしたら白人女性教授が手を挙げて
”日本っていうのは・・・(知ったかぶりの歴史だか文化を勝手に話す)
それであのシンボルがいけないんです。あのシンボルも最近になって
使われ始めて、99年だったかしら、その国旗が・・・”

シンボルって一体何を言ってるんだ、この人は、と思ったら
国旗のことだったようだ。でも国旗をシンボルと使っている町や県も
以前から結構あるので一概には言えないんですけども。。。
まあちょっとした知ったかぶりと疑問を出したかったようだ。
この教授実は以前はちょっと心の病気で休んでいた人。
そして学生のアイデアを盗んで出版する、と訴えられた人。

そしたら次に日本人の女性が手を挙げて、
”こんな素晴らしい映画を見せてくれて本当に有難うございます。
OOとOOがとってもよくて、XXXで面白かったしためになったし
ほんとに有難うございました”

と前の教授とは打って変わってとってもナイスな感想を言っていた。

だけどふつーに”ふう~ん、この人そんなに感動したのね、良かった”
とここで素直に思ってはいけません。
なぜならこの人が先の教授を訴えてアイデアを盗まれた、と
大宣伝して問題にした一人であったからです。

この女性は結局博士号も取りましたが指導教官を先の教授から
他の教授に変更し、卒業もしましたが・・・すいません、
ワタクシ、とっても厳しい目も持っていまして、
この彼女の博士論文がく~だらないのコトヨ~!って思ってるんでございます。
それだけ時間とエネルギー掛けるならちゃんと研究相手のことを思ってやれよっ!
って、研究相手に同情しているんでございます。すいません、中途半端な批判しかできなくて。

とにかく、この女性の”とっても素晴らしい映画”っていうコメント、
もちろん本当かもしれませんよ。でもね、先の天敵教授のすぐ後にわざわざ
手を挙げて、意見する、っていうのもなんか教授の反対意見を言う、っていうか
へんな当てつけというか、主張、というかエゴ見せ目的の場に使われた、っていうか・・・

そしたら今度は左の運動を70年代からコツコツと続けている日本から来ている
おじいさんが映画の中の問題視する意見に同意しました。それは
”日本の植民地政策の犠牲になった国々は日本に誤れ、と言うけれど憲法九条が
戦争を起こさない、と言っているのでそれ自体が謝罪と同意になる”
ということ。

おじいさん、”僕もそう思うんですよね。9条が謝罪になります”

筆者は”謝罪”と”戦争をしない”、という事は別と思っています。
だけどこの記事のポイントはそれよりもこのおじいさん、
以前は筆者が親切でパシリになって買ってきてあげた食べ物を
食い倒してお金払わずトンズラしたんですよね。そんな人が
謝罪をするよりも・・・なんて言ってるとやっぱり”お金を払うよりも・・・”なんて
思ってるのかよ!って気になってしまったりする。日々の人間性と
活動の意見はどうしても重なって見てしまうものなので気をつけないと。。。

とそんなおじいさんの意見の後にある男性が手を挙げて
”たとえ話として、私がコイズミ首相だとしましょう。今から戦争をする!と
言い出したらどうなると思いますか。北朝鮮、韓国、色々なところから
攻撃されるでしょう。どうしたらいいと思いますか・・・”

まあちょっと考えてもすぐには答えられないこの意見には色々な可能性が入っているように見える。
1.他国に攻撃されるから自衛隊なんて言っている九条は無くしてさっさと
戦争の準備をしたらどうか
2.コイズミが戦争、なんて言って攻撃されるかもしれないから
やっぱり戦争はやらないように九条を守るべきだ
3.今の現状を考えてどうしても他国は刺激されるから
日本だけで九条とか言うよりも色々な国でこの問題が話され、日本の九条維持の
重要性を考えるべきだ
(とその映画もそういっていたし筆者もこれに同意)

だけどもこのおじさん、実は何十年も前に移民してきた在日韓国人。
在日だけども日本に関わる仕事を長い事海外でしてきて
それで韓国・日本の歴史や自分との関係を色々考えてきた人。
今日本がまた九条を無くすといったら韓国が大変なことになるだろう。
彼の背景を考えるとまた物事が複雑に見えてくる。

なんか人間関係を見ていたりしたけども途中で帰ってしまった筆者は
一緒にいった中国系の友人にこの人間模様を話した。
そしたら”ああ、あの最後に話してたおじさん、偉そうに何言ってるんだ、って
思ったけど在日だったら色々と考えることあるんだろうねー”
と。そしてやっぱり筆者が”謝罪”と”九条”は別じゃない?と言ったら”私もそう思う”と言ってました。中国系の彼女にも思うところあると思います。

ま、結局こういった観客が物事を動かしていかないと何も進まないので
協力するのは大事。世間は狭いけどまあ前に進んで行きたいけど、
気が重かったりするこもよくあるなあ、と再び思う今日この頃・・・
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by flowfree | 2005-11-22 17:59 | アクティビズム
なんか最近はなぜか人と良く外食をするようになってしまった。
そしたらお金も減るし食事も不規則だし。
野菜がむやみやたらと食べたくなる。
中華料理屋っていうのは夜中までやっているので
友人と入り食べてしゃべりつづけ
朝の6:30から起きてるのに1:30夜中まで
一緒してしまった。
ああ、お腹いっぱいになったらいっぱい過ぎて眠れないので
ちょっと書き連ねる。

今日の友人は最近ヨーロッパへ映画関係の仕事に行って帰ってきたところ。
ちょっとしたお土産話。ひとつ闇のお話も。

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by flowfree | 2005-11-19 20:17 | なんでも枠
ふーこーだかでりだだかでぃあすぽらだかなんだかしらんが
そういう名前を抜かして面白い事がいえないのか、と突っ込みたい。
まあこれはカタカナ名前の理論発信者の名前を権威のツールとして使う、という
やり方についてなんですが。でもこれにはオチがあるので一番下を読んでみて。
(***学界に興味があり面倒だったらそれだけ読んでくれればいいです)

いや、相手がちゃんといて、前後関係の交流が出来ているのなら
新しい名前が出ようが理解できたりする。そしてそれらも知りたいし
お互いに刺激がしあえる。こういうのは暴力にならないことが多い。
なぜならお互いのある程度の共通の認識があるし可能な限り説明をして
お互いのスペース(会話、交流、理解のスペース)を尊重するものならそれは
暴力にはならないと思う。しかし学問に関わる、特にな〜ぜか
欧米、特にヨーロッパ関連の研究連中は知識のシェアを暴力的に
使ったりする人が良く目につく。最近ではなく、ン年も。

知識を増やして興味を持ち話すのはとってもいいことだが,
相手や状況を見てやるのが一人の人間として尊重されるのは当然のことであって
それを無視して相手をみず、前後のコミュニケーションを無視し
好き勝手にやる人は尊重されないということだろう。
話のないように前提や前後関係が見えないものを
いきなり始めて(例えばブログでも)
急に社会的地位(教授、院生)などを匂わす話をしたりなんていうのも。

それらの必要のないところでさらけ出したり話し始めたり
して自分を主張や表現するというのは全くもって
immature, childishというかその人の人間性を疑う。
相手への尊重性も感じられないだけではなく、
自分のエゴしかみえません。
そういう必要の無い、前後関係のないさらけ出しをされるのは
特に権威が関連するものはこちらがゴミ箱に使われているようにも感じる。
他人を尊重したいのなら話の流れというのは大事だし
エゴを見せたいならエゴを見せたい同士でやってもらいたい。

相手を見てそういう態度が嫌かもしれないという判断を
成長するにあたって持てる人間になってほしいし、こういう話しをするのはどう?
などと聞くのも礼儀であると思う。特にお互いを良く知らないなら。
それにどーせそんなことをやられたらこちらとしてもそれなりの”ゴミ箱”にいれることになる。

文字の場合は印刷にしろメールにしろその名の通りTrashやdeleteしてゴミ箱へ。
そして形はないが言葉として消費されるものは”うわさ話”というゴミ箱へ行くに
値するのかもしれない。それも構造的に状況が向上するかもしれない
”議論”ではなく、あくまでも”うわさ話”という程度の低いゴミにしかならないものだ。
人との交流のスペースや会話(ブログも)もなるべく尊重を持ち
ゴミ箱行きに使って欲しくないと
思ったりする。

そんな事をしなくてもあなたがの人間性というので人は見るので
いつも自分の知識の宣伝しなくっても大丈夫だよ。
知識や議論をすることに興味があるのなら
必要のないところでやらずに大事なところでだけしましょうよね。
そうじゃないと他人をとても不快にしてしまう要素になり
そのつもりがなかったらなおさら残念なことになります。

人の振り見て我が振りなおせ、とは良く言ったもので
こうならないように、人間修行を続け、感じた時に書いて
また自分らに忘れないような心がけをしたい。

***ちなみにカッコツケヨーロッパ系名前を頻繁に意見にだして
権威的に見せるっていうこの”アホらしい知識ゲーム”現象は
前々から欧米でも問題になっているのだが(日本では問題にはされてないかもね)
流行の名前、っていうのが年代や国、文化によって変わったりするのが
また面白い。例えばン年前にふーこーが権威的なシンボルとして学界で
不必要に名前を連呼されていた時があったのだが
ある時なんかフランスで勉強していたやつらに”ふーこーなんてフランスではもう誰もそんな風に使わないよ”とさらっと言われちゃって、
今まで連呼していたやつらは黙ってしまい、あまりやらなくなった、という
鶴の一声、というかヨーロッパ人の一声、というのが北米では
良く効くと感心したりすることがあった。

結局は名前を出しても出さなくても面白い人は面白い意見を言うし、
逆に人の名前に頼る人間は全てがどっかの資料から来てると思い、
”・・・それでその意見は誰が言っていたものなの?”なんて
言って来たりするという驚いた事があったりする。
それほど北米でもオリジナルは珍しいってことなんだけど
まあ日本も同様な部分は多いと予測できる。

結局”〜(どこどこの場所という権威的な場所)
ではもう使わないよ。恥ずかしいよ、そんな人の名前や
アイデアを未だにみんなの前で言ってるなんて”
といわれちゃって、使わなくなる、っていうことは
”そのアイデアがどーのこーのというよりも、
それを使う、ってことがシンボルになってしまい、
それも権威と言うシンボルだったのだがもうパワーが落ちてるので
使ってもしょうがない”ということのようだ。

やっぱりこれは意味が伴わない、
単に権威を誰が一番見せびらかせるのかというゲームであって
いきなり根拠もあまりわからない”権威的環境経験者”の一言で
負けてしまう。このゲームは”フランス経験者”が勝ってしまうということで
内容が関係ないのがわかってしまう。
Playstationでどーせだったらこんなゲームを出したらどうか。
ポケモンのように、石油合戦でアメリカ対日本の代表を出して戦わせて
アメリカが勝ったけども、United Arab (それかリビアか?)の代表が来たら
戦う前にアメリカ負けた、みたいなもんなんだろう。

まあそれだけば〜からしい、って事だと書けば書く程さらに確信してしまった。
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by flowfree | 2005-11-16 18:07 | 権力社会というもの