アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


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以前3回にわたって書いた友人の75歳の新しい彼氏とのお話。
未知との遭遇:75歳の男との交際
:女性
未知との遭遇 第三弾 50代女性の性

友人Tさんは50代なんだけどなんと彼と結婚をすることにした!
それも来月!
50代女性の性にも興味あるし、75歳の男性の性にももちろん興味あるし
あともっと興味深いのが
”75歳というのを現実に考えて先が長いわけではないので
余生を幸せに生きるために決めた結婚”というところ。
旦那さんの方はとっくのとうにリタイヤして海外に来て
日々楽しい生活をしてるんだけど
友人の方は現役で辞めてもらっては私としてはどうしても困る
お仕事をしてるんだけども。
だけど早くリタイヤして一緒の生活や思い出を作ろうかな、とそういえば12月にも言っていた。
Tさんの今いる仕事環境はそれほど良くは無くて
周りの人間関係にも彼女はうんざりしていていつも愚痴が多かった。

私は
”お仕事辞めちゃうのは女性の余生の事を考えると
ちょっとどうかな、ってある。Tさんのほうが長生きするのは
目に見えてるし。私もお仕事辞められても淋しくなるけど
正直、人生いつ死ぬかわからない、っていうのもあるし、
Tさんのように自分の個人の家のローンも終わってれば
ちょっと好きなことしてもいいかもね。
恋人がかなりのお年を召してたら
人間関係とかに悩む時間や暇をもっと恋人の方に使ってもいいと思うし。
好きなことして生きていける貯金があるならさっさと
辞めていいと思いますよ!”
と勝手に薦めたりもした。
Tさんは優しくて可愛らしくて素直なので
ン十歳も違う私の生意気な助言も役立つ内容の時は聞いてくれる(笑)

Tさんにとっては実は3度目の結婚。
一度目は日本で20前後の時に幸せな
カッコいい男性とすぐ結婚したらしい。
だけど病死されたそう。
それで日本を出てアメリカに来て
今度は白人と結婚。
白人のやつは教師をしながらも
趣味でスゴイ家具を作る人。
イイヒトだけどだらしなくて
未だにお金を貸したりしてる。
離婚はとっくの昔にしてるけども
その元旦那のお母さんに会いに行ったりなんかも。
それで今度は3回目。

しっかり付き合い出したのは11月だったことを
考えるとかなり考えた上での早い結婚のようだ。
私は今まで正直なんだかな~っていう結婚式にしか行ってない。
1.アメリカでのレズビアンカップルの結婚式(2ヶ月後に離婚)
2.院生の時に学部生だった、まあ後輩日系のDJだった男
のできちゃった結婚。クラブシーンにはクイアが多いので
こいつにはちゃんとアウトしてたし、やつが日本に行くと
Hな雑誌やマンガを私のために頼んでないのに買ってくる可愛い?やつだった。
だけど奥さん、できちゃった、っていうのを隠したくて、
後輩の両親は怒ってるし、奥さんと後輩の母親は仲悪いし、
お祝いは現金で、とか言われるし。たまにしか会ってない後輩
だったので私は一人だったしなかなか楽しめなかった。
3.日系と中国系の友人の結婚式。実は行ってないー呼ばれたけど
ギリギリで参加しなかった。でもプレゼントは贈った。とくに仲も良くない。
4.カナダのゲイカップルの結婚式。一方の男と親友状態だったので
相手の男に嫉妬され、いつも嫌な扱いを受けた。もちろん断ったし
プレゼントもあげなかったしもう連絡取らない!

だから今度のTさんの結婚式が初めて心から
お祝いしたくなる、嬉しい、涙がでちゃいそうなお祝いごとなんだ。
普段だったら結婚式の意味ってなんなんだよ、とか
色々と突っ込みどころがあるんだけど
状況が状況なのでなんか微笑ましい。
旦那のほうも、結婚式したかったんだろうね。

プレゼントはナニがいいのかねー。
色々と考えるのも楽しみなイベントなんだ。

ちなみに旦那のほうの遺産などはもう旦那の家族と話し合って
色々と処理し終わってるらしい。それは付き合う前から言っていたみたい。
娘さんたちがそれをきれいにしないと女と付き合うな、と言ってたみたい。

でも実際、この旦那さんがもし寝たきりとかになったら・・・
そんなこと考えたら恋愛も恋人も作れないもんね。
そういうことなんだろうな、恋愛ってきっと。。。(と遠い目)
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# by flowfree | 2006-01-27 17:51 | 友達
同業者の日本人男性、多分30代、が今年から来た。
悪い人ではない、というか自分勝手な上司に
はいはい、とyesマン振りをみせてる好青年?という感じ。
挨拶もしっかりするからきっと育ちがいんだろうな、という感じ。

”出身はどこなんですか”とまずは挨拶程度に聞いてみた。
”あ、東京です”
”え、東京ですか。もしかして山の手の方ですか(下町の人間にとっては
好青年的なところに山の手の雰囲気をみる)”
”いえ、もっと東の方の”
”え、東のほうだったら私もそうですよ。じゃあ、地下鉄は
何線使ってます?”
”あ、千代田線の。。。あの、松戸というところです。”
”ああ、松戸ですか。私はもうちょっと下の方かな”

なんて話していたのが数週間前。
今になって気づきました。わかりましたか?
松戸、って千葉なんです。

私もその時話の流れ出し、会ったばかりだし
そのままだったんだけど、そういえば
友人も千代田線で松戸で千葉だったなあ、なんて思って。
なんで松戸で千葉なのに、東京だ、なんてすぐわかりそうな
嘘つくんでしょうか。

時々海外に住む日本人で出身地をごまかす人間がいる。
東京です、って言ってよくよく話すと
まだ埼玉、栃木、群馬ならしょうがないとしよう、
でも名古屋だったり、静岡だったり、っていうのは
日常茶飯事なんですよ。

イワユル”都会中心主義”な概念の抵抗というかコンプレックスみたいな
もんなんだろう。
でもね、日本人でない人にいうならまだわかる。
東京と京都しか知らなさそうな人に
何度も、栃木はね、、、って説明するのも嫌かもしれない。
関東以内、とかだったら外国人に説明するのに東京にしちゃうのはまだわかる。

でも日本人相手に
千葉を東京、ってごまかすのは
コンプレックスにもほどがないか。

それもごまかして、松戸、って言ったあとに
千葉なんです、とかのフォローもなし。
このお兄ちゃん、ちょっと気が弱いのかね。

良い人そうだから付き合える、と思ったけど
こういうのでイライラして、
あんた、そんなしょうもない事で嘘つくの
やめなさい、とか言いたくなるので
その衝動を押さえにくくなるので
あまりお近づけになるのやめとこう(笑)
と思った次第だ。

最近日本もお国言葉がテレビでもてやはされ?
お国自慢、のような愛国心のようなナショナリズムのような
ブームがでていますが
同時に日本語をちゃんと話そう、みたいな
ナショナリズムみたいな右っぽい方向のようなところに
いくブームも。

だけど海外に来るとやっぱりまだ”地方”
の人達は素直に方言話してくれません。
私は人類学的な事にとっても興味があり、
言語人類学なんて専攻があるほど
文化と言語は密接な関係があるので
特に海外でしか滅多に一辺に会えない、
福岡の子、広島の子、山口の子、宮崎の子、北海道の子、
などなどと話すと日頃からイントネーションとか
違うし、色々と言葉の違いとか
当人から聞いてみたかったのだ。
それで普段から方言を時々出す友人に
”それでどういうのがお国言葉、って言われるの?”
と改めて聞くと
”なにいってるっちゃ、そんなのないっちゃ〜”
とフツーに”方言”で答えられ、
”あのさ、そういうのでもいいから教えて”と言うと
”なにいってるっちゃ、そういうもなにもないっちゃ、
私なまりとか方言とかないっちゃねー!!”
としまいにはちょっと怒っていて、
方言を使いながらも方言なんてない、っていうの
初めは冗談かと思ったんだけども。
彼女は博士課程の文学専攻の女性で
今はある大学で教鞭を取ってるんだけどね。。。
”私だって下町の方言があってね、どきどきだすのも
共通語って訳じゃなくて。。。”
と言っても
”私もそうだ〜、おんなじ言葉だ〜、まったぐいっしょ!”で終わったわさ。
東京下町言葉があなたの九州言葉と一緒と言ったら怒るやつたくさんいるぞー。
つうか九州の人だってそう言いたい人多いだろうにね。
海外に来るとなんか卑屈になっちゃうのだろうか。

お互い共通の第二言語を操る環境からの
同じレベルだったところから日本の出身地をだすことで上下の差がおき
”同じ立場なのになんでココで差をつける?”っていうことで怒るのかな。

一人、長崎の大学関係者ではない友人だけが
潔く長崎語を話してくれる。

私はとっても嬉しかったー!
かっこいいぞ!長崎の人好き♡

海外に来ても
”英語がなんぼのもんじゃい!”
”日本語だってなんぼのもんじゃい!”
と卑屈にならずに我が道を生き続けたいし、
そういう人がかっこいいし見極めて行きたいです。
そう言う人は英語がわからなくても
こっちの良い人達は認めるしわかるしね。
まあ日本の文化、教育、色々な理由はあるにせよ
自分の背負ってきたもの否定したり隠したりせずに
胸はってやっていきましょう、みなさん。
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# by flowfree | 2006-01-25 17:53 | 文化の違い
上の人のノイズは結構一年くらい続いている。
夜中3時4時は当たり前、だ。
初めは、1、2度なら、と思ったけど
どーも続くので上に上がり怒りを伝えようとドアをノックした。
したら相手の”Whaaaat??"
という男の声だけでドアを開けられなかった。

それから大家に話してみたら、
”え?凄く良い人、って感じの優しい男性だよ。
ほんとに?猫の走る音じゃないの?”
”それなら私も飼ってたからわかるし違う、音楽です”
”わかった、ちょっと言っておくよ”
とのこと。
その後、”言ってみた?なんて言ってた?”
と大家に聞くと
”ん〜。。まあ、なんかちょっと言ってたけどもね、
気をつけるみたいなことも言ってたけど”
っていう。”え?怒ってたの?”って言ったら
”そうだね、この程度でウルサいのか、みたいな感じで”
ということ。う〜ん。
私は人より耳が悪いし(高校の時の聴覚検査で聞こえず引っかかったし)さらに耳栓をしてもうるさく響くほどなんだ、って
言ってみた。

そしてちょっとは良くなったのかわからないけど
相手を怒らすと余計酷くなったりするじゃない?
だからわたしも様子を見ていた。
数日したらやっっぱり続いた。
夜中の4時まで当たり前。

もう、こりゃあ、本気で行こう、と思った。
本気、というのはその頃わたしの仕事などは
自由にスケジュールできたので
相手にも気持ち良く聞いてもらえてほんとに
治してもらえるような内容にしよう、と。
長い手紙を書き、
”音楽をやめて、とはいいません。音を下げてくれたら
助かります。もし、それでも12時以降も大きな音で聞きたいなら
私もあなたのスケジュールに合わせ夜中に寝ないですむように
したいと思います。どうぞお気軽にそちらのスケジュール教えて下さい。そちらに合わせます。”

まあこのようなことを書いて、携帯の番号や私の名前、もちろん
部屋番号も記した。もうお互いどこに住んでるのかわかってるんだし隠してもしょうがない。

そしたら次の日から変化が。音楽が夜中にすんごく小さくなってたのだ。かなりの進歩。まだ耳栓しても聞こえたりしたが
まあ、その努力を認めよう!と思い、ずっとそれでいた。

しかし!日本に一ヶ月行って帰ったあとだ。
彼女らしき人の声や喘ぎ声が聞こえ始めた。
そしたら夜中はな〜んにも音楽が聞こえなかったのだ。
ただ大きな笑い声がたまにするだけ。
夜中に大きな笑い声、すんごく大きな笑い声。
これは一発かましてるなあ、と思った(葉oぱ系)。
だから
”やっぱり彼女とかいると夜中中音楽は聞けないよな”
と私も嬉しく思っていた。

だけど彼女とも一緒に住んでないし、なぜか金曜の
夜中の今日は大音量。それもテクノ調のズンドコ、ドコドコ
とかなり響く。一度12時前に耳栓して寝ようと思ったのだけど
疲れ過ぎか、コーヒー飲み過ぎか、上の響く音が原因か
全てが原因か、どーしても寝られない。

それで耳栓抜いて起きたら
なんと寝ようとしてたときよりももっと大きな音を
出し始めたではないか!

私、寝間着だし、それも上下繋ぎのへんな寝間着だけども
やっぱり言いに行く事にした。
話すのは初めて。上の兄ちゃんもどんな人かも見たこともなかったけどこれはもう、ノートとか大家よりも
相談、のように、どうして欲しいか、とか
こっちもなるたけ礼儀を大事にして相手の
話を聞くのを目的に向かった!

ドアを叩き、まず顔だけをだす来弱そうな白人兄ちゃん。
それも目が充血。
やっぱり、何発もかましてますねー。
それも、”だから”音が大きい程いいんですねー。
効くんですねー。
こりゃあ、当人、ハイになってるから
忘れてるんだろーなーって思った。

まあ大きな音なのに私のドアノックが聞こえた、っていうのも
きっと良く効いてたからなんだろうけどね。

そして私は自己紹介。夜遅いのにすいません、とへりくだり。
ちょっと音のことを話したいと思って・・・・と
話しだすと
”えっ?これでも大きいですか??”
みたいなしらばっくれたことを充血した目で
心配そうな、顔で言う。
私も、
”そうなんですよね・・・いや、ちょっと疑うようだったら
テープに録音して聞いてもらうことも出来ますが
それよりもずっと大音量で夜中に聞きたいなら
私もこれからどうしたらいいか、と思って。。。”

”え、最近ずっとうるさいですか?”
”ああ、時々夜中にずっと5、6時まで音をそのままに
したりしてるでしょう”
”ああ、僕は夜型なんで。。。それにあ、以前、メモくれたのも覚えてるんだけど忘れてしまうから・・・”
”(そりゃあ、それだけ目が充血してたら忘れるくらいかましてるんでしょうな)ああ、わかります。。。それにメモ残した後は以前より音が小さくなったのも気がつきましたし、それは感謝してるんですよ”
”ああ、僕もメモが凄く丁寧だったの覚えてるんですよ。ほんとにごめんなさい。sorry, sorry。。。(と両手を前に重ね下を向き、上司に怒られてる部下、あるいは大企業に怒られてる下請け会社の社長のような様子)”
”あの、音を全部消せ、とは言いませんから、
もうちょっとでもいいから落としてもらえますか”
”ああ、ほんとにすいません。今度うるさかったら
天井をドンドンどついてくれていいですから。
ほんとに。そしたら止めるし”
”あ、ほんとに?わかりました。ありがとう。”
”いや、すいません・・・”

こんなやりとりでした。
素直に謝ってたし、前回の私のメモも2度くらい、
丁寧だったので・・・と言っていたから
やっぱこうやったほうがいいんだなあ、と感じた次第。
怒らせてお互い嫌になるよりも気持ち良く住んでいたいからね。

んで部屋に戻ると早速音楽はぷっつり切れてました。
んでちょっとしたら女性の声が。
彼女来てたんすねえ。
2人で楽しくぶっとんでいたようですわ。
まあ、程々にお願いして
これからどうなるかですね。。。

つうことで騒音と葉oぱが切っても切れない仲、って
北米では常識トリビアでした!?
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# by flowfree | 2006-01-21 19:05 | なんでも枠
いや、大した事ではないんだけども。
ちょっとどっかで言いたいこと。
それは筆者はmixiという日本でのコミュニティー
を通じて(趣味、興味、好奇心)ネット上で
人と関わるシステムに参加していて
既にある100以上のグループに入っている。
だけど既に存在してないものを作って
誰か入りたい人を入れる、ということもしている。
すなわち、自分で”コミュニティ”を作って
筆者が管理人をしているのもある。
で、何が人権活動か、というと
私は人を参加させる、入れる、
どんな人も差別しない、というのが
基本的人権に入っていると思う。
まあ、活動、ってことでもないんだけども。
犯罪者だってまあある程度凄く気になるなにかが
無い限り、誰にでも参加できるように。

ってことは、今まで凄く嫌な事を個人的に
してきた人物はどうするの、ってことになるけど
それでも筆者は入れるべきだと思う。
これが自分の中での密かな活動。
だって個人レベルでは入れたくない気持ちの方が強かったりするしね。

それで、とうとう来てしまった。
ネット上ではみなさん、ネット・ネームを使ったりするので
誰が誰かはわからないはずだけども
時々本名やペンネームの人がいる。
んで、最近あるペンネームを使った人が入って来られたのだ。

彼女、フェミニストでレズビアンの日本の方。
もちろん、個人的に会ったことがあるんです。
ある学会で私は一参加者として会ったんですが
そのときにその女性に
”あ、初めて会うけどもお名前は知ってますよ。
あなたの作品のファンでもあります^^”
って素直に言ったんです。
そしてその後、あるイベントに行こうとした
他の女性が、荷物や色々と置いてあるもの(その女性のもの)
をどうしよう、イベントが始ってしまう、
って言ったら、このペンネームのビアン、フェミニスト女、
私を指して
”この人が片付けてくれるんじゃない?
私たち行かないといけないから”
と人を(私を)使用人?のように言い放ち、
さっさと去って行ったんです・・・怒!!!

そのとき筆者は自分が発表する側の人間ということや
共通の知り合いがいる、っていうことは
言ってなかったんだけど後でそれが
わかると態度、変わってました。
どーせ、嫌な態度とるなら最後まで責任もってとれ!
態度を変えなければ普段の性格がそうで誰にでもそうだと思うけど
態度を変えるとなるといやらしさ倍増です。
だけどこの侮辱、それもフェミニスト、日本人女、レズビアン、
にされるとは!怒り心頭で私これ、忘れません(苦笑)
これも日本での出来事ではなかったのと
北米の女性や男性にもかなり嫌な奴いるし
時々ことでも書きますが
これほど初対面でインパクトのある侮辱した
人は後にも先にもこいつが初めて!!

ってだんだん言い方に感情はいりすぎてますが
ってことで時々この女性の話が、まあ、共通の知り合いが
いるので出るんですが私は隠しませんし
はっきりと、こういう事を私はされました、と
話します。

以前から日本のフェミニストやレズビアンの
方達の多様さを書いても来ているんだけど
この女性、その手の業界では有名。
んでその業界の有名人って嫌な奴率高し。
思いやりがある程度ないとマイノリティの
活動とかってできないとは思うけど
こういう態度の方はマイノリティの活動をしてると
思わないで欲しい、と感じるのはいけないですかね・・・

だからmixiでこの人の名前で参加希望をもらったときは
あれ?アレ??そう?やっぱりそう???
ってその人のプロフィールや既に参加している
コミュを見てみましたらふつーにそうでしたわ(笑)

んでもちろん、参加承認しましたよ。
こんなアホ?なことでも活動した気になってしまうのは
ちゃんと普段色々してる方に失礼だし、私の
他の活動にも比較にならないんだけども
ただ、この偉そうな、人のアイデンティティを聞いて
態度を変える女にも”仲間”のように接して一緒に
趣味や言葉をシェアすることが来るとは
知りませんでした。
ネット世界、あなどれず・・・

でも人権活動のようなことをすると
こういうこと多い。
酷いことをしたやつにも一人の人間として尊重を
するのに敬意を払わないといけなかったりして。

まあ、どこも同じか。人権活動しなくても。
単に私がこれはとても苦手な人間なので
そんな人にも人権があるのは事実なので
ちゃんと接してやれ、と自分に言い聞かせているだけかもです。
ああ、だけどどっかで話したかったのでちょっとスッキリ^^
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# by flowfree | 2006-01-18 21:03 | アクティビズム
宮崎勤容疑者の判決が決まった。
多くが予想したように死刑判決。
以前も言ったが筆者は"死刑”という制度に反対。
だから誰もが、どんな犯罪をおこしても死刑にさせて
すぐに死を持って解決させるのではなく
逆に死を下すのには何の解決にもならない、と思っている。
死刑の代わりになにがあるのか。
そこを私たち人間、教育者が考えるべきだと思っている。

苦しむべき、学ぶべきならそういった困難の関わる教育、
そして苦しんでいる人たちの経験を学べる修行というかボランティアの
ようなものなど。一生を監獄で過ごしながら勉強や仕事をさせるほうが
世の中のためにもなると思っている。
だから他国で死刑判決を禁止している文化・地域が
多数の犯罪を犯した犯罪者の犯罪を一つ一つ数えて
牢獄生活400年、という判決を下すことがある。
私はこのほうがもっと意味があると思っている。

この朝日の記事asahi.com: 宮崎勤被告、17日に最高裁判決 「精神鑑定して」-社会で精神科の教授が言ってることに同感だ。
”今の精神鑑定は10年前に宮崎容疑者の鑑定結果がでたときよりも
かなり発達している。もう一度鑑定してもいいのじゃないか”

もちろん、世の中にはそういう機会もなく死刑判決を
受けた人間が多く入る。だから余計に
色々な疑問が残り、精神的な健康上の問題を問われ
何年も判決を下されなかった人物には
それだけ何度も鑑定がされてもいいんじゃないか
とも思えるんだけども。

という事で犯罪はもちろん悪いし犯罪は許せない。
だからこそすぐに殺して終わらせるというのが余計に
許せないこともあると思う。筆者も身をもって
罪を感じさせ考えさせ死ぬまで忘れるな、
って思うところがある。そのための
残りの人生なのではないか、と。

天皇誕生日や何かいいことがあると減る
牢獄の中の年数も
特に重犯罪のこの人は400、500年と
なるとしたら一生でられないのは明らか。
筆者の価値観は揺るがない。
日本では死刑制度をもっと考えて再構築するべきだ。
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# by flowfree | 2006-01-17 16:33 | 権力社会というもの
正直驚く。
今週北米のある大学の若い学部生と交流する機会があったのだが
日本語のことを短く約すのに
”JAP”
と言ったり、日本語のクラスを
”JAP 100” (クラスの番号が100だと初級のクラス)
と書いたりしていた。
男も女も。それも今のところアジア系だけ。

ご存知だと思うがJAPという言葉は歴史上に
日本人が差別されたときに使われた英語。
それをそのまま日本人の、それも現在私は
授業を教えている”先生”というのを知っている生徒だった。
それがフツウにJAPと言って説明していたので
これは知らないで言ってるな、というのが明らかだった。

アジア系の生徒だから日本人に対してこういってるのではない。
逆に普段からあまり日本語とか日本のクラスのことを話さないから
言いやすい訳語のように言っているようだった。
周りがJAPと言う言葉を差別的に使わないから、こその
使用だと思った。
あと、日本の歴史などにあまり知識がない
一世、二世などだと思う。

逆に北米の文化にどっぷりとはまっている
アジア系三世や白人はこの言葉の意味を
良くわかっていて口が裂けても出てこない、という感じだ。

こんなところに人種の違いが出てくる。
それにさらっと言われるとどうやってこの子ら
の言葉をわかりやすいようになおしてやったらいいのか、
とちょっと考えてしまい、その場は無視してしまった。
ただまた話す機会があるのでちゃんと説明をしようとは思うが。

知らないで使用しているものには、知っていて使用しているものよりも
罪はないと思う。ただ、教育目的で来ている大学なのだし
教育をするのは大事だ。ただ繊細なトピックだし
どこからどこまで言おうか、ちょっと試行錯誤中だ。

日頃この言葉を使う人が多ければ、日本人にこういった差別用語を
使うと言う事に対しての意味はかなりクリアだけど
周りに使う人がいないと、意味を知らないし
利便性で言葉を勝手に訳したりというのがある。
それが歴史的意味があるとは単に知らなかったりする。

ご存知だろうか、日本語にもちょっとだけどそういった言葉がある。
たとえばカメラの”バカチョン”
このチョン、というのは朝鮮人を指した言葉だ、と聞いている。
在日韓国人には当然の話しだ。

こういう文化の言葉の傾向から色々と繋がることもある。
子供の時に疑いもなく歌っていたじゃんけんで
”ちょうせんにんじん軍艦乗ってハワイに沈没”
っていうのも。スゴイ歴史的に日本軍の意味が入って歌だ、っていうのが
今はわかる。

あと、個人的に関連性を疑っているのが
東京でも良く使われる”ちょん切る”っていう表現。
このさきっちょをちょんぎって、というように使うが
この言葉にも関連性を見るのは考えすぎだろうか。

とにかく、”バカチョン”という言葉が一般化されて
しまっている世の中、そしてその言葉の意味を
日本の教育でどれだけ説明されているのか知らない現在、
私はできるだけやっていきたい、と思う。
まあ、いきなりではなく、ちゃんと文化、歴史的な配慮も入れて、ね。
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# by flowfree | 2006-01-15 22:27 | 人種
これを日本にいるときの自分のモットーにしたい。
だって、だって、田中みんさんの番組とか
私全然チェックしてなかった。。。
後悔、という文字は私の辞書にはないはずなんだけども、
こればっかりは悔すい~!!(悔しい)
私の馬鹿!アホ!調子乗ってるだろ!!
日本にいるからってノホホンと日々過ごすなあ!!
温泉行ってもakaboshiブログ、健康ランドに行ってもakaboshiブログ、
バイトをしてもakaboshiブログ、猫と遊んでもakaboshiブログ。
ここではakaboshi教のように言っておかないと
忘れるんだよね。ブログだから、とかじゃなくて
休みだというと頭や体がすっかりお休み状態の
やんわりとしたものになるんです。

だからお休み時に写真を撮ると結構普段と顔が違うんですね。
そうなると中々社会のクリティカルなことも熱心に書く事がなかったりして。

ま、とりあえず反省。自分に戒めを与えるこの記事を書き、
心機一転を図りたい。まあ、次いつ日本に行くかわからないけども。
akaboshiさんのブログチェックして普段の自分も振り返る、ってな感じ、か。
これからもお世話になります、akaboshiさん。
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# by flowfree | 2006-01-15 14:54 | なんでも枠
なんか最近堅い事書いていたのでちょっと自分の中で笑ってしまう経験を。
2丁目と言えば私も自分のクイア性自認を持ったかなり後に経験したところ。
私は日本を出て多分6、7年たってからクイア性を認識したものなので
日本に行って2丁目に行く!なんてことにかなり不思議な興奮?というか
楽しみを持っていた。

そうしたらアメリカで一番仲の良かった日本人の女の友人が
2丁目から歩いて10分のところに研究目的で住み始めたのだ。
なぜそこかというと
場所はその友人Mの親の知り合いが使っていないマンションがあるから。
Mと私がお世話になっていた教授はレズビアンで
それで日本研究をしていたこともあり、
お互い日本でのジェンダーやセクシュアリティーについて
いつも話していたし、友人や周りの研究者にももちろん
その教授を慕って世界中から大学に来る人間も多かったので
普段からそういう話は当たり前のようにしていた。

だから2丁目の近くに住み始めた友人も当たり前のように
2丁目探索をしていたようだった。でも特にノンケ(ヘテロ/異性愛者)
のMはそれほど深く探索はせずにちら、っと行ったことがある程度。

そんな時にアメリカ人の友人Sも研究で日本に来る、っていうので
Mのところで会う事に。Sはレズビアンで彼女のTも連れて来てた。
この2人とも背が180cm以上で研究者のSはとっても大人の
良い人。親が医者の金持ちなんだけど全くそんなことも伺えさせない。
(ただ、私はSの履いてるジーンズが擦れていて色もあせてるけど
アメリカ人はあまり知らない、高いイタリア製のもの、というのを
チェックしていた。後に彼女は姉妹でそこのジーンズの大ファン、ということが
わかり、やっぱり金持ちだ、と思わせる。)
ただ、人間性から、この人の育ちはいいんだろうなあ、って思えるタイプ。

んでSのパートナーのTは凄いニコニコで可愛い。いわゆるSがタチで
Tがネコなんだろうなあ、って誰でもちょっと思ってしまう感じ。
Sは髪の毛長いし、カジュアルな格好で男っぽくはないんだけどね。

それで友人M、びあんカップルのS&T、そして私で
2丁目の男女が普通に飲める、高くないバーに。
そこは結構外国人男性も多かった。
中にはおしゃれなインテリアでいやらしくもなく、
楽しく大騒ぎもできそうなところ。
映画も流れている。

友人Mと隣同士で座り、”私たちきっとカップルって思われてるよね”
って話していたらなんか周りの外国人男性と
日本人男性が股間を触りあっていたようだった!
”ちょっと、見てみて!触ってるよねえ。それに
外国人がこっちをちらちらみながら触られてるのを
楽しんでるみたいできもちわりー!もうみちゃだめだ!”
なんて話してたら、ぬあんと、S&Tが
いちゃつき始め、目の前でチューだのし始めてるではないの!

”な、なんか私たちどこ見たら良いんだろうねえ・・・”
テレビで流れている映画はタイタニックになっていた。
それまで大人気で上映してから数年経ってたけど
見た事なかった。それにわざわざ見たくもなくて
だから流れてる映画も見たくないのだけど
前を見ると友達が触りあってるし、
横を右横を見ると見られて喜ぶゲイ2人が触り合ってるのが
目に入るし、結局左横にある見たくないタイタニックをMと凝視。

そのうちS&Tがトイレに経った。
”良く外国人カップルってバーでトイレに一緒に行くけど
やっぱり触りあったりしてんのかねえ?”
と友人Mに聞く私。
”そうだろうねえ。まさかチューだけじゃあないだろうねえ。
だけどトイレで色々触るのってなんか不潔っぽいよね。
いいのかねえ。”
なんて会話をして、2人でまったりしていた。
S&Tが戻るとMは
”なんかすっきりした感じで戻ってきちゃって”
なんて話していた。

結局バーは大音量だったので私たち4人で
楽しく飲んでお話、なんてできず、
S&TのH待ちみたいなことをして
Mのマンションに戻ることに。。。

私は居間に、そしてS&Tは引き戸で隣接する
部屋で寝る事に。これに私はばびった。
”この2人、夜ヤリだしたらどうしよう・・・
私ちゃんと寝たいんだけどなあ。。。”
と余計な妄想と期待?をよそに、
結局静かな夜を過ごした。
やっぱり大人のSはそんなことするはずなかった。

んで次の日に私はSTと一緒に電車で帰ったんだけど
友人Mに諸事情でカミングアウトしていない私は
STにアウト。2人はちょっと嬉しい表情。

Mの後日談によるとSは2丁目に今度は研究で
知り合ったあるスポーツ選手を連れて来たらしい。
それもMのマンションに。
ある外国人の選手(女性)が国に帰らないといけない、
っていうので数人とサヨナラパーティをしていたんだけど
その選手の彼女(日本人選手)が
納得が行かず、サヨナラパーティーでも
ずっと泣いてらちがあかず、
Mの家まで着いてきてしまったらしい。

Mはその選手とやらもだ〜れも知らないんだけど
親切に世話をしてやり、話を聞いてやったそうだ。
んで泊まらせてあげていた(だけど後にお礼などは全くナシ!)。
んでその日本人の方の選手、実は今ではかなり
有名になっていて、日本ではテレビでも
時々お見かけする。
実はそのときからSが”この子、凄いうまいんだよー。
もう信じられないくらいだ”って言ってたらしい。
だけど今は彼氏がいるらしい。
もう女は見切ったのかな。

んでS&Tの後日談も興味深いものがある。
2人は結局親同士も近所で仲が良く結婚して
一緒にお互いの実家に住んだりしていたんだけど
Sの仕事が決まり、大きな家も買ったと思ったら
一年以内になんと別れたらしく、
今は大変な状況らしい。

レズビアンカップルで良く10年付き合い、
一緒に家とかを買って別れる、というのがあって
いくつも例を見る。でもこのSTカップルは
見てて微笑ましかったので残念。
一つ友人Mと言っていたちょっとどうかな、って
思っていた前兆は
可愛いTがSに精神的に頼りまくっていて、
アメリカ本土、どこにいても携帯が10分おきに
鳴ったりしていた。
こういった関係、レズビアンでも健康的ではない
気がする。だからMは実は結構以前からこの2人
別れるよーって縁起の悪い事を言ってたんだけど。

まあこんな2丁目エピソードもあったなあ、って感じです
人生、色々、ですね☆
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# by flowfree | 2006-01-14 22:38 | 多様な性:日常にある生活
留学、外国語習得、海外暮らし自体がステップアップではなく、
その中での経験がもしかしたら何らかの自己向上に関わるかもしれない。
留学、海外暮らし、海外旅行をしただけで
より優れた気になるのはとんだ間違いです。
その経験を自分の後の生活の仕方にどう持っていくか、
というのがポイントであって、この経験を
人によってはステップダウンに持っていくこともあるだろう。
だから

”留学してたんだよ。””海外旅行を結構してまして”
”~語が話せてね””海外で暮らしてまして”

と言われたら
”へえ~、そりゃあ勘違いしちゃったでしょうねえ。
人より偉くなった、なんて思ってたら大間違いだっっていうのわかるよね。
外国語を使う仕事にこだわる前に人間性を磨け!っていうの良くわかるよね”

なんて言ったらまず嫌われると思いますが
もうちょっとやんわりと表現を変えて議論に持っていくのも手だと思います。
なぜなら現実にこういったことを気づかせることも
先々差別的観念を脱構築していくには必要ではないかと思うからなのです。

西欧中心主義の中でなにも批判的にみず
留学や語学習得や海外経験をいつのまにか
自分が人より優れた理由に位置付けている人間を
多く見てきて好い加減こういった価値をぶち壊したくなってきてしまいました。

とりあえず、人より優れているとは思ってなくても
そういったことは自分に、そして他人に、
国的にどんな意味があるのだろうか、
そして後にどういった意味でとられるか、というのを色々と考えて行きたい。
日本での外国語習得、海外経験という文化的意味を
他の国や文化の状況とある程度比較して考えてみたいと思う。

留学、海外暮らしでナニが大きく違うか、というと言葉だろう。
日本は統一の言葉の日本語というのがあり、他のどこの国でも
共通語としては現在使われていない(もちろん、植民地支配された
国では多少知識や利用者が残っている)。
だから日本の国を出るということだけで
外国語の知識というのがどうしても関わってくる。

これが他の国とちょっと意識が違うことで、
多くの外国では留学、海外暮らしが言語の勉強にすぐ関わることではなく、
言葉を学んで人よりスゴイ、とすぐ思うこともないと感じる。
新しく学ぶ言葉の操りが関わらないと留学、海外暮らしイコール”スゴイ、偉い”
ともなるわけではないような気がするから新しい言語
というものがないところでは経験の”上下”を図るとしても
その”図式”は横線に近いかもしれない。
例えば多少の訛りやアクセントの違いがあってもお互いが英語という共通語を使う
アメリカ人、イギリス人、カナダ人、オーストラリア人、ニュージーランド人
がお互いの国に住み、留学するだけでも
それなりにお~!思い切ったなあ、という、文化の違いを超えてのスゴイ、偉いなあ、というのは出てくる。
だけどもそれはやっぱり経験、ということが主に出てくる事で
人間性が伴わなければどうにもならないな、って話だろう。
だからそれをしただけで人より優れてる、なんて概念は
なかなか頭をよぎらない気がする。

ただ、そんな英語圏の人が日本で暮らす、韓国に留学、
中国で仕事、フランスで、ドイツで、・・・となると
へえ~、他の言葉を操れるんだな、なかなかやるなあ
という意識はでる。だからそんな言語をできるやつらは
自慢だったりする。特にアジア圏の言葉をヨーロッパ人や北米人が
やるようになると自慢でしょうがない。アルファベットで
学ぶ言語とは大変さがかなり違う、という意識があるから。
ヨーロッパ人が英語を、英語圏の人がヨーロッパの言語を
学ぶところにはお互いの文化的憧れなどが関わり、
かっこいいなあ~っ、素敵だわ~ていうのはあるかもしれないけども
大変さへのイメージ、という点ではアジアの言語を操る人達
にはかなわない。

でもやっぱりその言葉を使ってどうなのよ?ということが問われる。
ビジネスや教育に使うもよし、それに単に趣味を広げて
友達を増やすもよし。ただ、その新しい言葉や経験を
超えて自分達の人間性、価値観にどうやって充実されてるのよ?
っていうのが問われると思う。

そこでまた長い枕詞だけども
日本ではどうなんだろう。先に言ったように留学、海外暮らしが
イコールして新しい言語の操りが入るので
”人より優れている、偉い”
というイメージが関わることが強い。
北米やヨーロッパの言葉だと素敵だなあ、かっこいいなあ、
というイメージ、アジアの言語だと西欧中心主義の
下で教育される日本ではそれほど素敵なイメージは比較的ない。
だけどもアラブ語など人がやらない言語への大変さを
伴うイメージからはやぱりすごいなあ、というのがでる。

留学ではなく、日本のなかで新しい経験を始めるというのと
違うのはやっぱり言語が同じ環境にいる、というのと
その言葉で日々苦労するようなところがないというところ。
だったら日本で新しい経験をしたほうが
言葉を理解した上でのことなので
もっと体感的に上を目指せるのではないか、
という気もしてくる。もちろん、語学が違うところで
日本では経験しなくてもいい生活に必要な初歩的な
ところで苦労するのも体感的な経験だろう。

ただ、経験に上下をつけるのもおかしい、という
ところで考えると日本で新しいこと(例えば新しいことを学ぶ、
習うこと)をするのと海外同じことをするという経験にも
上下はない。でもあたかも海外でやってるほうが
スゴイ、と思えていくのは言語である。
そこで先に話したように言語も個人の先々に意味づけてナンボ、
ということを考えると、それは日本で新しいことを経験した
時期で使用した日本語(専門用語など、なんでも)
だって個人の先々に意味づけてナンボのものだろう。
そうなるとやっぱり新しい経験を海外でしようが、日本でしようが、
上下付けることは意味がなくなってくるだろう。

じゃあなぜ誰もがするように海外での経験に”上”を付けてしまうのだろうか。
このことの意味合いを考えたい。
日本での経験組みと海外、語学習得組みを差別化することによって
ナニが起こり得るのだろうか。
特に学問の中では西欧中心主義から離れられない専門科目
がたくさんあり、そしてそれが当たり前の議論の構築が
行われているところでは
どういった意味があり、その意味がどうやって仲間内で消費されていくのか。

その上で西欧中心主義に乗った人間の影響は?

学問だけではなく、留学して”仕事の幅を広げる。語学を生かした仕事をする”
と(私には訳のわからない理由付けだが)仕事を得た人間達が
仕事を通じて行う言動の影響はどうか。
そこで上下ができ、またさらに上下の価値を助けて行っているようだ。
日本の中での差別はこのままでは全く変わらない。

不思議なことにこういったことに常に敏感であると
思っていたある海外暮らし、留学が長い友人も
日本に戻って話すと無意識に誰もわからないような
英単語を使って仲間内のヒエラルキーを刺激していた。
周りの人間もその単語がわからない、という気まずい
ことは言えず無視して相手の話しの前後関係から
意味を得る。
私もこれには敏感だが経験を否定する気はないので
頭でなんとなくこれは使ってこれは使わないとしている。
ブログでいいのは相手の経験を知らないので
あまり敏感になりすぎてもしょうがない、と思えるところだ。
ある程度自然にやっているけども
多少は言葉使いも気を使っている。

留学、語学習得、海外経験が悪いのでは全くない。
それを意味も無く人より優れているという位置づけに
持って良くのはさらに日本でのヒエラルキー制度を助け、
差別、偏見構造を円滑にしていくことだ。
これらを脱構築するにはなにができるのか。
とりあえずもっと考えて色々と訴えていっていきたい。

ちなみに日本語でプライドを持つ、という意味と
英語でのI am proud of ~
という意味は違うと思う。
私は日本語でのプライドを持っていないことは多いけども
英語でのは結構ある。
さあ、どうやって翻訳していいのか、すいません、わからないんですけども。。。
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# by flowfree | 2006-01-11 02:00 | 海外暮らし
ちょっと他で書いた記事をここでアップ。
2丁目に先日行ったときのお話しの続き。

留学中に知り合ったゲイの友人が東京に来るっていうので
会って来た。彼が25歳くらいの時に知り合って、
どうみてもミックス・レイスの可愛いゲイ、という感じで
周りのゲイ男も放っておかなかったのだが
当人がいつになってもグジグジとアウトできず
(まあそういう時期もある)自己の性認識が
30過ぎの今となって出来て
以前のモテ時期が過ぎてしまい、後悔先に立たず、
状態だったりする。

面白いことに、彼の両親はとっくの昔に気づいていて、
数年前に親類の中で既に問題になっていて親が責められていた、
というのを今回の帰郷で発覚したらしい。
キリスト教文化の人だったりするのも関連してると思う。
”ゲイになったのは生まれつきだと思う?それとも育った後?”
こう暗い表情の母親に聞かれ
”僕は生まれつきだと思うよ”
と返したらしい。

だけどそうしないと母親、親類は救われない、という状況だ。
キリスト教の信者がゲイを育てあげちゃったのなら
母親のせい、家族のせいになっちゃうんだから。

私は性自認を生物学的なものにつなげる危険性というのに
非常に敏感なので一応、やんわりと反論したけども
人の気持ちを考えてそう答えたほうがいいときもあるよね、
とちゃんと私の思う背景から話した(もちろん短く。彼はこういった
話しにあまり興味がなかったりするし)。

だけども30過ぎてのゲイのカミングアウトと言ったら
ちょっと面倒だ。この友人は大きなある町に
引っ越して良い仕事を得たのを機に
盛大にカミングアウト。セフレも出来て
おしゃれにも金を使えて嬉しくてしょうがない。
それでお茶に行こうが食事に行こうが
周りの男を見ては評価して、どーのこーの
とそっちばかりが気になってしょうがないらしく、
遊びに来ている友人の存在はそっちのけ。
失礼極まりなかった。
結局人間性の未成熟さが遅れてきた性自認
と共にシンクロしてしまいダブルにウザイ。
40近くのゲイ友人とこれを話したら
遅い性自認を迎えたゲイに良くあることなんだ!
とかなり話しが盛り上がってしまった。

まあ、性自認を難しくさせているのは社会的
環境だったりするわけで彼らに全ての責任が
あるとは思えないし、後に性自認の変化を
持った人間がみんなそうもならないが
がやっぱり人間性でますね。
彼を見ていると長年抑圧されたゲイの性の欲望
のパワーを感じてしまった。かなりはじけまくっている。
私が引くほど。ヤリたがり過ぎ。

まあ、30過ぎて多少未熟でも
優しさのあるこの友人は
新宿2丁目童貞である、ということは
わかりきっていたので
夕食ついでに連れていってやった。

彼は日本で結構育って暮らした期間は長いのだけど
好みの相手にあまり日本人を入れていなかった。
だけど2丁目をウロウロと歩いたあと、
”ここ最近日本の男の子もいいな、って思ってきたんだよね”
とのこと。

あまり時間もなかったので
ちょっと食べて店をみて戻ったけども
(前回C. Cafeのある店員の対応の酷さを書いたが
ビアン友人にチラッと言ったら、私それ誰だかわかる!との返事。
実はビアンには有名なのかも。女性に態度が横柄だ、っていうの)
相変わらず2丁目には女性のための
店というのが少ない。いくつか
あるけども視的に明るく誰もが入れそうな
店は男性向け中心の品揃え。
ちょっと残念だ。

半々でもいいから揃えてくれる店があれば
もうちょっと友人連れて行こう、とかも思えるんだけど。
女の方ね。
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# by flowfree | 2006-01-03 02:18 | 多様な性:日常にある生活