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アクティビスト、フェミニスト、クィアとして活動するとある外国大学関係者の生活の中からの視点。(C)flowfree 初めて寄られる方は、カテゴリ:管理人、の”こんにちは”を読んで下さい


by flowfree
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不祥事を歓迎する組織的構造 2

前回書いたように大学ではいわゆる”不祥事”がおきても、それを起こした人物、学部、大学の影響によっては他の場所に飛ばされる、ということ以外は何もなかったように、あるいは以前よりも社会地位的に、金銭的にレベルがあがったりするようだ。それと全く同じ状況というのは以前権威モンスターとなった江戸研究をしている白人教授という記事にして書いた。ここではその事実と聞き比べる事によりもうひとつの違う場所で起きている事実の組織的・構造的類似性を指摘し、これらは一つの国境も超えた、ooアカデミズム・教育制度の実態をお伝えする。

とはいうものの、あまり力を入れ過ぎるといつまで経っても終わらず、疲れて長引き、そして記憶も曖昧になってしまう恐れがあるのでまたまたアウトライン式にちょこちょこメインポイントを記してみよう。

状況は。。。
*白人おっさん
*あるアジア系研究の著名人(有名という意味も入れて)
*超有名私立大学学部の学長
*他の大学の大学院を卒業したアジア系女性が面接に来た、その夜に他の教授と共に夕食をした後、車でその女性に”うちに寄らないか、おいしいコーヒーがあるんだよ”と誘う。”疲れたから今日は。。。”と断ると、あそ、とそのまま車で去っていた
*実はその場所は犯罪が少なくない所で有名な町のど真ん中。そこに初めて来た、アジア系女性を夜中に置き去り(それも雨で台風が来ていた)。幸い何も起きなかったがその女性は道に迷い一人でウロウロと多少歩き回る羽目になった。
*その女性は数日後自分の指導教官に”こんなことがあったのですが。。。これはセクハラになった事だったんでしょうか”と聞くと”まあそこまでのことじゃないでしょう”のような返事であまり大きく取ることはない、ということだった。
*後にその女性、面接がうまくいったようでそこの大学に行く。
*そこでその学長宅の学部パーティーに参加。
*その他の教授も一緒に飲み、食べ、楽しんだ後、遅い時間になったので教授らは先に帰る。
*生徒(主に大学院生)が帰ろうとすると”おいしいコーヒーがあるんだよ”などと言い、残ってくれるようコメント。
*そして発覚したのがその学長、なぜかアジア系女性ばかり左右に座らせお酒片手に膝を太ももをスリスリと触りまくっている。
*そんな光景はあくまでも常識ではなく、筆者も何十回とそんな場には行っているが教授が公の場で生徒にそういう場所をすりすり触るのは見たことがない!というか見たらかなり問題視されるしh。。。とにかく考えられない。
*それを目にした他の学生らは目を見合わせ、”これは一体なに??”と目配せ。触られている生徒はその学長に指導されている生徒でもあるらしく、自分の立場上何も言えないのか、という疑問がよぎる。
*そしてそんな異常な光景について後に話し発覚。その学長、同じ国でまたさらに超有名私立大学で似たような地位にいたが、セクハラで飛ばされてきた、という事だった。
*そして現在は白人女性の彼女がいるがその彼女もこの男のコネで同じ大学で教員の仕事を取ったということ。


以上のポイントでさらに加えると、このおっさんのいる・いた大学は両方とも私立だが一つは由緒ある、歴史のある、という権威で名が知れ、なかなか学生も入りにくく、競争が激しい。
もう一つは学業の先端を行く、というイメージで理論などでは群を抜いて有名な教授がでるし、そういった著書を出版することでも知られ、こういうところの権威が強い。両方とも授業料はべらぼうに高い。

そしてまたここで興味深いのがその学部のほかの教授もその学長のセクハラ過去はもちろん知っているし、そのセクハラ癖も見ているようなのだ。研究範囲の世間の狭さからいってばれるのは実は当たり前で筆者が前回書いた記事で説明した通りだ。しかしこの場合で問題なのはそういった事をしっている教授立ち(フェミニストも含む)がアジア系学生が面接に来、夜に食事をした後に二人きりにして車で送らせるのを黙ってみているところだ。当然、学長がセクハラの当人だと地位的に脅かされている立場ではあり、色々なことがいいにくいのはわかる。しかし、他の人間が送る,と名乗りでたり、ちょっと話したいことがある、とか聞きたい事があるから、などと言ってセクハラ中毒者から妨げる、ということも可能なのではないか。そこまでやってみてもだめだった、などというところが見えてもいいのでは、と思うのだが。

前回のセクハラ白人教授とこの二つのケースを見ているだけで見えることが多くあると筆者は思う。一つのケースは私立から公立、もう一つは私立から私立、という違いはあるが、両方とも以前は南の方角の大学で後に北の方角の大学、とかなり離れた距離に移っている。二人の教授の(セクハラ前後の)社会的地位や、研究的著名さ、移る前と後の大学内の地位、というのは酷似している。そして教授の強さというのは大学の名前、というものよりも学部内や研究範囲内の政治の中ででてくるものなので学部絡みでこれらの仕組みができている可能性が高い。もちろん、似たような私立の権威的大学に移っている人物もいるのだがもう一人は有名だが一番、というようなところではない場所に、国境を越えて移っていたりする。しかしまわりの教授のタイプは以前の大学と変わらない質を持った学部であることも視野にいれるとやはり学部的な色で物事が決められるという事が重んじされているように見える。

つまり、学部・研究の政治でコネや名が知れていて、権威、力があるものと商談?がうまくいけばいとも簡単にセクハラ・不祥事などなかったように、あるいは結果的には表面的な部分といってももみ消されたように、同じようなセクハラ三昧の生活を続けることが余儀なくされるようだ。これは日本も外国も、汚い政治家だけがやることではないのだ。不祥事もみ消し、というのはあらゆる場であらゆるレベルで日々行われていて、いつ自分や友人がその犠牲になり、まわりの人間が知っていても助けてくれないだけではなく、黙って無視され、防ごう、なんて観念はもってのほか。本人たち・周りの人間が影響を受け、それこそ地位が脅かされるのである。

ここで一番悪いと問われるのは誰か、。。結局無知で、おいしいであろう、あまり飲んだ事がないooo製のコーヒー、飲んでみたい、なんて思ってしまい誘いに付いていく当人が悪い、ということになるのだ。ナイーブな、何も知らなかったかわいそうな外国人、ということは全くもって好都合な相手だったりして、詐欺や犯罪に良く巻き込まれるが、そんな状況を見ていた人物がいても警察に言いにいかないことが多々あるように、大学で妨げられるようなセクハラ事件も、何十年とエリート教育を受け、与え続けている現役大教授さえ見ていても一言も言わず、見て見ぬ振りをする。

こんな非情な状況、良く日本でも聞く。田舎だから、と言われたり、若い人は、と言われたり、逆に都会だから、と言われたりする。しかし海外でも毎日起きているのだ。相手が教授だろうが、人権者だろうが、フェミニストだろうが、知っていてもそのまま、行動を起こすことを考えるどころか自分に迷惑がかからないよう行動を抑えようと必死だったりする。一体、教育とは、理論とは、理念とは、哲学とはなんなのだろう。権威主義、というものが蔓延る(はびこる)文化を壊すには一人一人が意識を持ち、できれば一緒に立ち上がりどんなレベルでもいいから協力を示すのが一歩だと感じる。
by flowfree | 2005-06-22 14:01 | 権力社会というもの